環境破壊
92283 人類による動物絶滅の歴史
 
阪本剛 HP ( 31 千葉 SE ) 05/06/08 AM02 【印刷用へ
> 結局、人間は自然に生かされているという謙虚な思想が背景にない限り真の「人間と自然との共生」など生まれようもない。自然の有り難さと同時に大きさ・脅威を思い知る体験を人間は何度も経験してきたのだから、根底からこの傲慢さを改める必要があろう。
91910「 ある国語の文章題を通して考えたこと」藤原さん)

 私も「自然を守る」という発想に違和感を感じる。

 人類の進出の背後には、多くの動物の絶滅がある。人類の進出の最前線ではたいてい動物の大量殺戮が起きている。動物が減る事で、また新たな動物を求めて移動していった。
 通常、哺乳類の絶滅速度は8000年に1種、鳥類は300年に1種程度であるが、ここ数万年の間の絶滅種の増加は非常に早い。

■人類進出とともに
 約8〜4万年前、アフリカで新人が拡散しはじめた頃、エダツノキリン、オオイノシシ、ヒッパリオン(ウマの一種)、オオツノスイギュウ、オオヒツジなどアフリカの大型哺乳動物の40%が絶滅した。
 
 約3〜1万年前、ヨーロッパに新人が進出すると、マンモス、ケブカサイ、メルクサイ、ステップバイソン、オオツノジカ、ジャコウウシなど大型哺乳動物の50%が絶滅した。ユーラシアでは、スミロドン(大剣歯虎)、日本では1万年前頃にはナウマンゾウ、オオツノジカが絶滅した。

 約3.5〜2.5万年前、人類は北米に到達する。1.4〜1万年前からオオナマケモノ、マンモス、スミロドン、カストロイデス(巨大なビーバー)、カリフォルニアライオンなど57種が絶滅。
 その後、2000〜3000年間の間にもアメリカラクダ、マストドンなどが絶滅。体重が50kgを超える草食獣の7割が消えた。

 南米大陸では、マストドン、オオナマケモノ、ウマ類など大型動物の8割が消滅。ベネズエラ、チリの殺戮跡(キルサイト)からは大量の絶滅種の骨が発掘されている。

 オーストラリアでは2〜1.3万年前にジャイアントカンガルーなど大型獣の30%が絶滅。原因は移住してきたアボリジニの狩猟などが大きい。
 9世紀、ニュージーランドにポリネシア人が移住後は、走鳥類のモア13種がすべて絶滅。
 マダガスカルでは約1000年前、マレー系民族が移住して以降、大型キツネザルの4割にあたる6種、大型鳥、カバなど大型哺乳類が絶滅した。

■娯楽のために
 多くの動物が、人類の娯楽のために絶滅していった。
 エジプトでは耕地拡大、湿地干拓のため、古王朝時代(紀元前2884〜2258年)にゾウ、サイ、キリンが消滅。
 紀元前200年頃までに、ギリシャ、小アジアではライオン、ヒョウ、ビーバーが絶滅した。

 古代ローマ帝国では、娯楽のために、多くの動物が競技場で闘わされ、殺された。
 ローマのコロシアム完工式では、ライオン、ヒョウ、サイなど9000頭、トラヤヌス帝がダキアを征服・属領としたときには、1万1000頭の動物が殺された。
 ローマ帝国に動物を供給していた北アフリカでは、ゾウ、サイ、シマウマが、ナイル川ではカバが、ペルシャ北部・メソポタミアではトラが絶滅した。

■ヨーロッパ世界の拡張とともに
 17世紀以降、ヨーロッパ世界が拡張していく。その後の300年間で哺乳動物、鳥類はそれぞれ百種類以上が絶滅した。絶滅の速度はそれ以前の数千倍になった。
 かつて欧州全域、街中にもいたオオカミは、15世紀以降のオオカミ狩りで、イングランドでは1486年、スコットランドでは1743年に絶滅した。
 中世まで広く分布していたヨーロッパバイソンは18世紀以降殺され、1920年に絶滅した。

 17〜18世紀、欧州の船乗りは世界中の島の動物達を食糧として殺した。この結果、スコットランドのオオウミガラスが1844年に、モーリシャス島のドードーが1681年に絶滅した。
 北米では、バイソン(アメリカ野牛)が6000万頭以上いたが、1830年代から肉と毛皮を目的に殺戮が始まり、1890年代には絶滅寸前に追い込まれた(2つの群れだけになったという)。
 また北米のリョコウバトは、最低50億羽はいたと見られているが、1850年代以降、大量殺戮が始まり、1914年に絶滅した。

■毛皮のために
 ヨーロッパでは、中世以降、地位の象徴として毛皮の需要が拡大した。

 リス、テン、オコジョ、キツネなどが流行。英国王室の記録によれば、14世紀のリチャード2世は、一年で10万9000枚の毛皮を購入している。
 16世紀には南ヨーロッパのビーバーが事実上絶滅。その後向かったシベリアでも18世紀末には毛皮獣が消滅、ホッキョクギツネがほとんど絶滅、1750〜90年の間に北太平洋では25万頭のラッコが殺された。
 その後毛皮産業は北米に注目。17世紀にはカナダ、ニューヨークのビーバーが絶滅。オーストラリアでは、カモノハシ、コアラ、オポッサムが大量に殺された。1919〜21年の3年間で、550万枚のオポッサムと20万枚のコアラが輸出されたという。

 陸だけではなく海の哺乳動物も殺された。
 チリ沿岸では1797年からの7年間で300万頭のアザラシが、19世紀の南インド洋では、20年間で600万頭のアザラシが皆殺しにされた。
 北大西洋では白い毛皮をとるために、1850年には年間60万頭の子供のタテゴトアザラシが殺された。1800〜1915年の間に約4000万頭のアザラシが殺されたと推定されている。

 多くのクジラも殺された。鯨油が燃料として狙われたのだ。古代ローマ帝国は、地中海のクジラを絶滅させている。15世紀にはスペインがビスケー湾のクジラを、16世紀以降はオランダ、ドイツ、イギリスが北欧でクジラを絶滅させた。20世紀にはヨーロッパのクジラは壊滅してしまった。その後、世界中でクジラを乱獲。クジラが激減することで1950年代には世界の捕鯨産業自体が崩壊してしまった。

■動物保護運動に潜む欺瞞 
 以上の歴史から言える事は二つある。
 一つは、「『自然環境は我々人間の手で保護しなければならない』という環境保護団体等の思想」(91910)の傲慢さだ。
 人類は多くの動物を絶滅させてきた。9月の動物愛護週間では、ペットの愛護キャンペーンよりも、この歴史を知る事と、これら絶滅させた動物への謝罪と感謝をした方がいい。

 二つ目は、欧米発の動物保護運動は、完全な欺瞞だということだ。
 有史以来、特に近代以降、全世界で、動物絶滅を加速させてきたのは、彼らと彼らが広めた市場原理だった。その事実を問わず、他民族に自然保護を主張する資格は、全くないと思う。

 
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