学者とマスコミはグルで頭脳支配
88555 ある環境フェスティバルにて
 
磯貝朋広 ( 32 奈良 技術者 ) 05/04/08 PM09 【印刷用へ
先日、息子に誘われテレビ番組(某国営放送の子供向け工作番組)のショーを見に行った。行ってみると「暮らしと環境フェスティバル」という催し物の客寄せ的な位置付けだった。環境問題を扱ったブースが多数あり、環境関連企業や地元企業、NPO団体が多数参加していた。

多くの企業ブースでは簡単なクイズやアンケートに答えると数枚のパンフレットと一緒に景品やパズルなどをプレゼントするという企画をしており、皆、会場を出るころには、紙袋に一杯のパンフレットと役に立ちそうにない景品を手にしていた。また、地元企業が木材のPRとして割り箸をばら撒いていた。NPO団体のブースでは主義主張の展示や体験教室と銘打ち古糸によるお手玉?の製作を行っていた。

企業は相変わらず環境を商売にすることばかり考えている。
NPO団体は自分達の主張・活動をわかってもらうことばかり考えている。
企画の統合者である行政は、環境というお題目さえ唱えていれば中身はどうでもいいと考えている。

今回の催しに参加して感じたのはこの3点だけだった。

>その原因が、豊かさ追求(貧困からの脱出)と、それを正当化した近代思想(自由・個人・人権)と、それに導かれた要求運動というパラダイム全体の終焉であることは明らかである。ところが、今なお多くの運動が、とっくに輝きを失った近代思想に依拠し続けている。それでは、誰も(ごく一部の人しか)「運動」に参加してこないのも当然だろう。

原因は、まさにこれだ。
近代思想、私権意識を残存したまま環境問題を扱っていても解決の糸口は見えず、人々の共認を作り出すことなんてできないのだ。
 
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