日本人と縄文体質
88530 集団=共認原理の延長で「社会」を考えられるのが東洋
 
平野令 HP ( 41 大阪 建築家 ) 05/04/07 PM11 【印刷用へ
 西洋でも(力の)序列原理だけでは、社会はおろか、集団内の秩序すら保てないので、平時の秩序維持は基本的に共認原理に委ねられるのが一般的だと思います。
 しかし、本源集団が根こそぎ解体され、集団と言えば核家族や私権企業など、私益(目的の)集団しか形成できず、集団利益と社会利益は対立するするものだという根本矛盾を孕んだままなので、法律や制度(民主主義など)によっていかに辻褄を合わせようとしても、“集団(原理)求心力”と“社会(原理)統合力”は相反していくことになるのでしょう。
 ということで、共認原理が“きれいごと”でしかない西洋(や近代思想)からは、いまさら『共認(原理の)社会の実現』という発想は一切出てこないのも当然だと思います。

 一方、ごく最近まで本源的集団が継続していた東洋では、何らかの集団に属してさえいれば、日常生活の大半は共認原理だけで適応できるので、日常とは縁遠い「社会の地平」では(お上意識など)序列原理に従ってさえいれば、あとのことはどうでも良かった(頭を使ったりものを考える必要が薄かった)。
 こうして本源性を色濃く温存してきた東洋・日本人が収束不全を自覚して、モノを考え始めたとき、ようやく『共認社会の実現』が“社会〜集団〜個人を貫いた統合原理”としての現実味を帯びて感じられるようになるのだと思います。

 
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