否定脳(旧観念)からの脱却
84560 国家と教団
 
田村飛鳥 ( 29 京都 会社員 ) 05/01/24 PM11 【印刷用へ
現実には失われた心(=期待応望)の充足欠乏に応えてくれるものとして、本源価値に立脚した宗教が登場する。
頭の中だけなら、誰もが全面的に自主共認できる。
そうして人々は、自ら倒錯観念収束を強めていった。

従って最終的には、国家は、心を支配できるこの倒錯観念に依存するに至る。
観念支配の始まりである。 (5869)

 『64年、「ローマの大火」があり、ローマは数日間燃え続け、当時人口100万人と言われたローマの市街の大半が消失した。有名な暴君ネロの治世の時である。このときネロが新しい、きれいなローマ市街を建設するために不潔な汚いローマ旧市街に放火させ、焼き払わせたという噂がたち、民衆が暴動を起こしそうになった。ネロはこの噂を消すために放火をキリスト教徒のせいにして、多くの信者を捕らえ、十字架の刑にしたり、火あぶりの刑にしたり、獣の皮をかぶせて猛犬にかみ殺させたりした。

 当時はキリスト教の信仰はもちろん許されていなかったので、信者たちはカタコンベと呼ばれる古代ローマ人の地下納骨墓に夜ひそかに集まって礼拝を行っていた。ローマには総延長560kmに及ぶカタコンベがあったといわれ、しかもローマ人は墓所を神聖視し、役人も立ち入らなかったので、キリスト教徒たちが集会・礼拝所として利用した。そのため一般のローマ人から誤解され、魔術を行うとか、幼児の血を吸うとか、人肉を食べるとか、さては近親相姦・獣姦を行っているとか、ひどい噂が立ち、ローマの良き伝統をけがす者であると憎まれたいた。ネロはこれを利用し、放火の罪をかぶせ、彼らを弾圧した。

 このネロの迫害のとき、難を逃れてローマ市街に出たペテロは霧のなかでキリストに会い、「クオ・ヴァディス・ドミネ」(主よ、いずこに、行きたもう)と尋ねると、「私はローマへ行き、十字架に掛かるのだ」と答えられたので、ペテロは恥じ、ローマへ戻り、逆さ吊りの十字架に掛かって殉教したと言う伝説が生まれた。これを題材としたのが、ポーランド人のシェンキェヴィッチの名作「クオ・ヴァディス」(1896刊)で1905年にノーベル文学賞を受賞している。(第1回ノーベル賞は1901年)

 キリスト教は当時のローマの多神教とあいいれず、またローマ皇帝を神として崇拝する皇帝崇拝を拒否したため、たびたび迫害を受けて多くの殉教者を出した。しかし、たび重なる迫害にもかかわらず、まずこの世の生活になんら希望を見だせない奴隷をはじめ下層民の間に普及し、次第に上流社会にも広がっていった。この間に各地に信者の団体である教会が生まれた。

 またマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネによるイエスの言行を記録した「福音書」、使徒の活躍を述べた「使徒行伝」、書簡集を集めた「新約聖書」がヘレニズム世界で広く使われたギリシア語、コイネーと呼ばれる、で2世紀中頃までに書かれた。しかし、現在の形の「新約聖書」が正式に公認されるのは397年のことである。

 歴代の皇帝の迫害にもかかわらず、キリスト教徒はますます増大し、4世紀初めの、ディオクレティアヌス帝による大迫害のあと、もはやキリスト教徒を敵としてはローマ帝国の統一は困難であるとさとり、キリスト教徒の団結を帝国の統一に利用しようとしたのが、コンスタンティヌス帝である。当時、西の副帝であったコンスタンティヌス帝は、6人と帝位を争っていたが、順次これらを破り、特にイタリア半島を支配していたマクセンティウスとの戦いの際、天に十字架と「汝これにて勝て」という文字を眺め、それを旗印に戦って勝利を得たので、翌313年にリキニウス帝とミラノで会見し、属州総督あての書簡の形でキリスト教の信仰を公認した。これが有名な「ミラノ勅令」である。

 コンスタンティヌス帝はキリスト教徒の団結を国家統一のために利用しょうとしたが、教会内に教義の対立があったので、教義の統一を計るため小アジアのニケーアに全教会の司教、長老など約300人を集め、いわゆる「ニケーアの公会議」を開いた。そして激しい論争の末、「父なる神と、子なるキリストおよび聖霊とは、三つでありながらしかも本質的には同一である」という三位一体説を唱えたアレクサンドリアの助祭のアタナシウス(295頃〜373)の説を正統とし、アレクサンドリア教会の長老のアリウス(250頃〜336)のキリストの神性を否定し、人性を重んじる、いわゆるアリウス派を異端とした。このためローマ帝国から追放されたアリウス派は以後ゲルマン人の間に広まって行く。』リンクより引用。

 国家という社会集団そのものが成立当初から、人々の観念操作を主体として現れてきたのではないかという疑いさえもたれる内容である。
 その国家を統治していた皇帝であれ、偽装の本源集団を創りあげた教団であれ、全てが頭の中だけの都合のいい観念だけにしがみついている感覚を受ける。  
 国家を主体にした社会統合では、現実に立脚したまともな共認形成も危ういといえる。これは、現代の政策を見ていても言えることだが・・・。

 
 
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