私権社会の婚姻制
84505 「処女性」は女性発の価値観念?
 
平川要 HP ( 26 佐賀 経理 ) 05/01/23 PM11 【印刷用へ
>ユダヤ教、キリスト教、イスラム教には共通して、「性嫌悪」(セックスは本質的には罪、いやらしいこと、災いのもとであるという観念)と、「処女」「純潔」に対する異常な執着の観念がセットされている。(14112 岩井さん)

岩井さんが仰るように日本では明治に至るまで「処女性」という観念はほとんど無かったようだ。岩井さんが上げられた宗教という観点で言えば、日本においては精霊信仰(→八百万の神→神道)が上げられると思う。
そうは言っても、仏教が伝来してはいたがこんなサイトがあった。
>とにかく、そうして仏教は人々の生活の中に、神道という考え方と共存する形で入り込んでいった。その際に女性の存在そのものが仏教という宗教の中から「穢れ」として捉えられるようになり、異性との交わりを持たない……仏教的には俗世との関係を持たない「処女」というものだけが、特殊な穢れなき存在になっていった、とは考えられまいか。
リンク
仏教でも「女は不浄」という価値観があるのだが日本ではそれらを柔軟に融合させてきたところがすごい。西洋で例えばキリスト教が絶対化されたのと違う。

(岩井さんがあげられた「生娘」という言葉が当時あったかどうかは定かでは無いですが、江戸時代の庶民は「年増」のほうを好んだようです。というのは性を知っている女のほうが相手としては充足が深いという評価があったのではないかと推測します。また、一握りの武士階級は御家の政略である婚姻でしかなく「処女」であるかどうかは眼中にない。であるからして当時の女性は処女であるよりはむしろ積極的に経験を積んでいたのではないかと感じます。)


では日本に「処女性」観念が広まったのはなんで?
大きくは明治憲法であることは間違いない。近代思想が入ってきて近代家族制度がここで形成された。
僕はもう一つ平塚雷鳥などの女性解放運動がそれを助長したのではないかと考えています。
彼女らは女性の開放を叫んだ。当然彼女らなりのあるべき女性観念を土台としている。
それに反する女性は例えば遊女であったり、夜這いされる女であったのではないかと。
また、女性の権利を主張するのであるから当然性的商品価値をあげようとするので閂を〆始める。
近代になって「処女性」が尊重されて特をするのは他ならぬ女性と一部の私権強者の格差の旨みだけ。(上記の「巫女の処女性」イメージも明治以降の価値観なのでは?)
「処女性」を尊重してるのは男だと思い勝ちだが、実はこれも女性発だったのではないだろうか。
 
  List
  この記事は 14112 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_84505
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
85089 処女性は男の自我が無ければ無意味 匿名希望 05/02/03 PM09

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
『生命と場所』より…生命観
遺伝子の共同体
「利己的な遺伝子」を切開する 1
「利己的な遺伝子」を切開する 2
現状の「科学的事実」と言われているものの怪しさ
現在の生物学には何が欠けているのか
怪しげな「検証」と、危なげな「定説」
事実の体系とは永遠に進化しつづけるもの
一面的な実験データやツールとしての定説に囚われていては事実を見誤る
事実追求のスタンス
専門家集団と事実
科学と社会
「科学的事実」というドグマ
近代科学と知の体系、再考
近代科学について
実証主義を超えて2
専門家集団の自己完結性にひきつけて2・・「丸山ワクチン問題」
原爆をつくった星少年たち 2・・「科学者独自の倫理」
科学者集団の特徴A
数量化できない自然
仏教の対象認識 【受想行織】
詭弁を説明しようとするから難解になってゆく
「日本人はいつ物を考え出すのか?」(2) 学習観念が役に立たないのはなぜか?
狂気の近代科学技術
原発:近代科学原理主義者たちの産物
なんで、こんなことになってしまったのか?⇒科学者たちの信じられないアホさ加減
素人が創る科学の世界〜プロローグ『科学的認識はすべて仮説、その神格化が創造の壁』
『科学はどこで道を誤ったのか?』(1)プロローグ〜「科学技術は万能」という幻想を打ち砕いた福島原発災害〜
『科学はどこで道を誤ったのか?』(2)古代オリエントの時代〜全てが共認対象として一体であった精霊信仰から精神を上位とし物質を下位とする二元論へ
『科学はどこで道を誤ったのか?』(5)ルネサンス(14〜16c)〜自然魔術による自然支配観念の萌芽と、「科学」「技術」統合への流れ
『科学はどこで道を誤ったのか?』(7)近代の前夜〜「科学技術による自然の征服」という思想の登場〜
『科学はどこで道を誤ったのか?』(9)近代U〜国家体制に組み込まれ、専門化体制の中で無能化した学者〜
『科学はどこで道を誤ったのか?』(10)〜“科学技術の申し子”が起こした惨劇
『科学はどこで道を誤ったのか?』(11)〜“観念の絶対視”が近代科学技術の根本問題〜
科学はどこで道を誤ったのか?』(13)中世後期〜キリスト教の権威付けのための大学の創設により、神の手先の「神官」から「学者」が登場する〜
楢崎皐月氏のカタカムナ説(1) 宇宙から素粒子に至るまで、万象は共通構造(相似象)を示す

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp