西洋医療と東洋医療
83642 治癒力と充足
 
土井誠也 ( 42 島根 技術者 ) 05/01/05 PM09 【印刷用へ
あきらめなかったご主人はじめ、周りの方と呼応する奥さん共々が持つ、表層観念を剥ぎ取ったその下部にある潜在思念のなせる業かと思いました。私たちはこの力の源をついつい忘れているのかも知れません。

商店街で漢方薬店を先代から受け継いで、現在70歳を少し超える店主の話から、治癒力には大きくその充足が絡むことが伺えます。店主曰く、「最近は病気が難しくなった」。その訳を聞くと、以前は、「これでいいですよ」と一言でほとんどよくなっていたものが、最近はまず最初の取っ掛かりで、お客さんとの信頼関係を結ぶことに手間取るとのこと。中には、現代医薬が合わなくて、駆け込んでこられる方には、そもそも薬を処方する側や薬に対する猜疑心をもたれている場合があり、その垣根を取っ払うことがまず肝心とおっしゃっていました。薬が合わないというのは副作用の場合が多いようですし、また病気らしくない病気の方が増えているとも言われています。

つくづく感じる難しさとのことで、そこは、最年長のご自分の役割と店の皆さんともども心得ておられる様です。処方を若い薬剤師に指示し終えた後もまた客の前に戻り、薬を渡しても尚、対話は続きます。
 
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