採集・漁撈・狩猟から栽培・牧畜・遊牧へ
83522 部族連合と戦争の起源(グルジアとアッシリア)
 
沼田竜一 ( 45 北海道 エンジニア ) 05/01/02 PM07 【印刷用へ
ネット上で検索した範囲の情報ですが、史的に確認されている部族連合による戦い(戦争と呼べる戦い)の一つに、紀元前14世紀のコルキス人(後のグルジア人といわれる)がアッシリアと戦ったという記録があるようです。

また、グルジア人に関して以下のような言い伝えがあります。

>遠い昔、神様が各民族に対して土地を割り振ることになったのですが、その当日、グルジア人の代表は、長旅で病におかされた旅人を迎えたために、神様のもとへ赴くことができませんでした。後日、男は神様を訪ね、経緯を説明しました。神様は事情を汲んでくれて、渋々、自分が住むつもりでいた土地をグルジア人に与えたと言います。それゆえにグルジアはかくも豊かで住みやすく、またグルジア人は旅人を暖かく迎えるようになったそうです。

文脈は良きグルジア人を表していますが、当時の部族(連合)にとって土地を所有・保有することが重要な意味を持っていたことが窺い知れますので、おそらくこのころには部族(連合)間の戦争が起こっていたことは間違いないのでしょう。

このグルジアはコーカサス地方の部族であり、アッシリアはメソポタミア周辺に位置しています。コーカサス周辺からアッシリア周辺が戦争の起源である持つ可能性が高そうですので、今後この地方の歴史を見ていきたいと考えています。

その契機として、この地域の歴史に関するものを以下に引用しておきます。

■農耕・牧畜のはじまり

新石器時代のはじめごろ、ヒトは狩をして野生の動物を捕まえるよりも、動物を飼っておいて、子供を産ませたほうが、いつでも肉を手に入れられるので、都合がいい。そして、豚、牛、羊、ヤギ、馬などを飼いならし家畜にした。

また、地面に種がおちると、そこから新しい植物が育つことを経験から知って、食物として役にたつ植物を栽培するようになった。こうして、大麦、小麦などの穀物を栽培する農業がはじまった。牧畜や農業がはじまったことで食物が手に入れやすくなり、生活は安定していった。そして、ヒトは、大きな村落をつくり、定住生活をすることができるようになった。

始まったのは紀元前8000年頃、西アジア、ザグロス山脈の山麓地帯で、ここは年間降雨量が500〜1000oに達し、樫やピスタチオの木が茂る疎林地帯で、野生の麦や豆が自生し、野生の山羊や羊も生息する豊かな土地であった。他の動物と違い、人類は増えつづけ、やがて狩猟採集だけでは増えた人口を養えず、食糧を増やす手段として農耕牧畜が生まれた。野生の大麦、小麦は何代にもわたり刈り取られ、人の手を必要とする栽培種に変化した。豆は根粒菌の働きで地味を豊かにし麦の生長に役立つだけでなく蛋白質に富み、栄養面からも大切な食糧となり、レンズ豆、そら豆、えんどうなどが栽培種となった。山羊はエルブルズ、トロス、ザグロス山脈に、羊はトルコからイラン、中央アジアに分布していた。これらの動物は家畜化されると顔が丸く短くなり、雌は角を失い、雄の角は断面が細くカーブを描ぐようになる。

前9千年紀末には定住的村落ができるが、その規模はごく小さいものだった。ところで、栽培種は人間と植物の関係のなかで自然に成立するが、初期農耕の段階では栽培種が食糧に占める割合は小さかった。そして穀物の栽培化と動物の家畜化は同一の場所で同時に行われたのではなく、周囲の食糧資源のなかから伝統や環境により判断され一つが選ばれて進められ、やがて開発された品種が交換され、農耕牧畜という複合経済が出現した。
  
■ジャルモ遺跡

シカゴ大学のブレイドウッドの発掘。イラクのバグダードから約240キロ離れたキルクーク、そこからさらに東へ50キロのところ。穀物を粉にする石うす、石きね、黒曜石でつくった鎌の刃や鍬とおもわれる磨製石器を発見。家畜化されたヤギや羊の骨もみつける。家をつくるときに、わらを混ぜた泥のなかに、もみがらや穀粒が痕跡を残していた。  
26戸ぐらいの泥づくりの家に、150人ぐらいの人が住む小さな村であった。紀元前7000年に小麦、大麦を栽培していたことがわかる。
  
■農耕牧畜文化が発達  

紀元前6500年頃、トルコのチャタル・ヒュユクでは、集落が形成され、小麦を育て牛を飼育する農耕牧畜文化が営まれた。エンマー小麦やアインコルン小麦のほかに、灌概農耕を行わなくては育たなかったと考えられる新種の小麦や六条裸大麦が栽培されている。狩猟も行われているが動物が飼われ、なかでも牛が多く飼育されている。チャタル・ヒュユクは、最盛期には、約1000戸の家に約6000人が居住し、規模は15haに達するが、都市には発展しなかった。
  
※とうもろこしの栽培
紀元前5000年頃、このころから前3400年ごろにかけてメキシコ南部のテワカン谷の人々がとうもろこしの栽培を始めた。最初は野生のとうもろこしを採集していたが、前3000年ごろには野生種に改良が加えられ、穂軸が大きく、粒の落ちにくい栽培種ができあがる。とうもろこしの起源については、祖先種とされるテオシントの自生地が中央アメリカにあることなどから、メキシコ起源説が有力である。
  
■私有財産

狩猟の生活では、野営地から野営地へ持ち運ぶのに不便なものも、捨てないでおくことができる。女性たちは、自分の気に入った磨き石をずっと持っていることができるし、男性は、武器や狩猟道具や家畜の数を増やすことができた。また、飢饉に備えて食料を貯蔵することもできる。それまでの共同生活から、自分のための私有財産をもつようになっていく。

リンク
 
  List
  この記事は 30281 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_83522
  ※トラックバックは承認制となっています。

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp