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RES:縄文から「アイヌ」まで |
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三ヶ本万州夫 ( 壮年 兵庫 講師 ) |
01/08/12 PM08 【】 |
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>ところで、このアイヌ文化の礎石は擦文文化から受け継いだのでしょうか?それともオホーツク文化 と擦文文化とが融合し、発展したものなのでしょうか?
まだ未解決の問題ですが、単線的に発展してきたのではない、というのは確かでしょう。宇田川洋氏はアイヌの歴史を以下のように分類しています。
プレアイヌ・縄文時代とそれ以前の段階
プロトアイヌ・続縄文から擦文時代の段階
アイヌ・ほぼ室町時代に前後する、やや純粋な段階
アイノイド(類アイヌ)・江戸時代以降、和人の侵略後、混血化の進んだ段階
東北北部のプレアイヌが三内丸山の住人だった可能性もあるようです。8世紀頃現れるプロトアイヌは
オホーツク文化の影響の方をより強く受けており、それまで残っていた南方文化の要素が、かなり薄められたと考えられます。14世紀から本州と分断されて、アイヌの独自性が育ちますが、18世紀以後は和人との混血化を強いられることになっていくのです。
>度重なる「和人」の侵略と支配によって民族の生活・文化が追い込まれていくのも、歴史の教えると ころです.
アイヌ初の参議院議員、萱野茂氏の「アイヌ歳時記」にこのような記述があります。
「この本をお読みになる日本人の読者の方々よ。あなたが悪いのではないが、あなたたちの先祖が犯した過ちが今もなお踏襲されているのはまぎれもない事実なのであり、それを正すも正さないも、あなた達の手に委ねられていることを知ってほしい、と私は思っている。もし、よその国から言葉も風習もまったく違う人たちがどさっと日本へ渡ってきて、おまえ達、今日から米を食うな、米食ったら逮捕するぞ、という法律を押しつけたらどうであろうか。これと同じことをアイヌに対して日本人はしたのである。こう私はいい続け、書き続けているが、私が語り続けてきたことに全く反応がないのは何故だろうか」
岡本さんの言われる「現代文明の最も先鋭な批判者」の立場からの「消えつつある民族の逆襲」をアイヌ民族にも期待したいと思います。 |
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