>今でこそシックスセンス(第六感)とか物質を超えた精神世界などといわれていますが、万物を共認対象とし、期待と応合の中から精霊を見出してきた人類にとって、チャネリングは当たり前の日常的な意識だったのだと思います。むしろ観念を使うということは、共認機能の深いところで常に対象とチャネリングしていること、といえるかもしれません。
この間のチャネリングに関する投稿を読んでいて、チャネリングって超常現象的な印象がぬぐえませんでしたが、対象化する行為そのものが、チャネリングそのものかもしれないと考えるとイメージしやすくなりました。
対象化や同化をさまたげているのは、利害関係や自我であるというのも、なるほどとうなずけます。
人間関係以前に植物や自然に対して試みてみるのも、人間関係よりも純粋な関係だからなのでしょう。
結局、そういった濁った意識を取り除き、より純度を上げていくことにより、どんな対象にもチャネリング可能になっていくような気がしますが、共認機能を進化させてきた人間同士の方が、今や、しがらみがあるがゆえ、一番むずかしい対象のような気がします。 |
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