これからの暮らしはどうなるの?
73262 誤魔化しの国家(秩序)収束から新しい統合原理の探索・創造へ
 
近藤文人 ( 39 東京 建築士 ) 04/06/09 PM11 【印刷用へ
>過半の庶民がロクに探索もせずにこのような目先の秩序(国家や力の原理)に収束したことは、由々しい事態である。その背後には、答えを出せない以上、根本問題は捨象して、目先、無難に過ぎれば良しとする表層充足の風潮がある。(73070)

問題は、根本問題を捨象し、目先、無難であればよしとする表層充足でも我々の中で、とりあえずの答えもどきになってしまっていることである。

時代は、
>目先の無難な誤魔化し充足の風潮と、答え探索⇒事実探索の潮流とが相克しているのが、現在である。(73123)

 この相克する二大潮流のどちらに可能性があるか?といわれたら、後者だと誰でも思う。しかし、庶民の中では、本質の答えが見えていない。収束先のない統合不在と圧力不在の収束不全時代における探索基調の意識潮流において、現体制において、庶民の最後の頼みは国家と考えざるを得ず、そこに収束せざるをえない必然を拭い去れない。

その国家の本質を見極めることなく、即時的に収束する国家主義的な発想は危険極まりない。視点を変えて、客観的に見れば、国家すらガタガタであり、機能不全を起こしていることに気付く。

 例えば、今国会の年金法案改正審議では、与党の強行採決と審議打ち切り採決、討論時間短縮動議、野党の牛歩戦術や問責決議案や解任決議案、フィリーバスター戦術(長時間演説による抵抗戦術)など、年金破綻問題の根本問題を何も議論しない国会や政治家達を見れば、解決する気も無いことは、明らかに誤魔化しである。年金の結論は、旧態の制度をそのまま残し、給付と保険料と税金投入のバランスを保つという表層的なもの。明らかにばかげている。実態のない機能不全の方針である。

 この目先や無難や国家への収束から、誤魔化しは許さない、事実追究→答えや可能性探索に転換するには、社会構造の矛盾の高まりと抑えきれない収束不全からの探索収束からなのだろうと思うが、そのきっかけは、もっと単純に、雪印や偽装牛肉事件や自動車欠陥隠し事件、小学生による同級生殺害事件に見られる生命の安全や人々の不安を煽る国家体制改革が引き金になる可能性もあるのではないだろうか?

 既に、国家は、破綻している。誤魔化しの答えもどきでは、そこに活路を見出しえない。我々は、自身でこの社会を統合する必要に迫られていると再認識した。
 
  List
  この記事は 73070 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_73262
  ※トラックバックは承認制となっています。

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
現代の神官=社会統合階級の欺瞞
個人主義者の詭弁 個人と自我
個人主義の責任捨象と言い逃れ
共認回路と自我回路
規範意識の形成の土台は? 
力の論理と共認機能
自我の源泉は、共認の部分否定にある
序列闘争は、共認されている
自我ではなく、共認こそ原点である
自我とは?(フロイトとラカン)
規範回路と観念回路の断層
我思う、故に我あり
漱石をねじ曲げる「奴隷」たちへ
「自我=エゴ」を制御するもの
相手尊重の意識の原点は?
歴史無視の表層的個人主義はウンザリ
共認充足がなければ生きられない
共認回路の特殊性
共認回路は個体境界を越えて情報を統合する
「自分らしさ」を理解できない人々
「心の豊かさ」に感じる胡散臭さ
規範の形成を阻んでいるもの
自己実現の「非」実現性
自我回路より共認回路の方が充足できる
“自我心理学”から“共認心理学”へ
あらゆる圧力を排除する個人主義
人類の本性は共同性にあるA
原始時代に自己中はいなかった
全体主義を生み出した犯人は、自己中
潮流1:共認原理と私権原理
私権時代から共認時代への大転換

『るいネット』は、46年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp