これからの暮らしはどうなるの?
73241 苦い記憶。
 
浦野てる代 ( 60 兵庫 主婦 ) 04/06/09 PM02 【印刷用へ
子供の頃に印象付けられた記憶は、長年残り続けています。

遠足で道路を並んで歩いていた小学生の頃、その列にジープから投げられたチョコ、ガム、みんな道路の菓子に飛びついた姿。嫌な思い出。今も苦い。

近所にカーキ色の服の外人とお洒落な日本人女性が生活していた家。遊びに行ってもらった缶詰。羨ましかったが、後ろ指差され噂されていた様子から蔑みを感じていた。

日本は敗者アメリカは勝者で、豊かになった今、尚のこと戦後のひもじさ辛さのあの生活の記憶が鮮明に苦い想いとともに甦ります。そして、力のアメリカに追従する呪縛から今も逃れられない。

政治家学者マスコミなど、旧観念の序列で牛耳る支配階級は、苦い時代(特権階級は甘い汁を吸った時代)のアメリカの力を記憶に甦らせ、絶対の力で反抗出来ないから仕方ないと庶民に思い込ませています。

でも、そのアメリカの力に目先収束さされているが、庶民は違和感を感じながら収束先が見つからず兎に角間に合わせで収束している。でも、日々どこかおかしいと感じてはいます。

誤魔化しでない秩序収束先が生まれるのは、路上のなんで屋露店にすんなり座り込める、敗戦の苦い記憶や経験に支配されない若者の層からで、そこから生まれた潮流こそが周囲に広がり、旧観念層の苦い記憶を消し、新しい収束先へと巻き込んでもらえる期待を、露店に参加してくる若者に感じます。
 
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新しい潮流1 社会捨象→不全捨象の充足基調(’70・’80年代)
新しい潮流2 私権統合の崩壊と社会収束の潮流(’90・’00年代)
新しい潮流3 社会不全⇒認識欠乏の蓄積
新しい潮流4 言葉それ自体が引力を持ち得ない時代
新しい潮流5 実現派は仲間収束から社会収束へ
新しい潮流6 解脱仲間から認識仲間への逆転
仲間圧力と認識仲間
新しい潮流は、新しい人間関係を必要としている
市場社会の、カタワの「集団」
本当は、「集団」に入ったのではなく、社会に出たのだ
古い人間関係は、影が薄くなるばかり
関係パラダイムの逆転1
関係パラダイムの逆転2
活力源は、脱集団の『みんな期待』に応えること
収束不全発の適応可能性の探索、その深くて強い引力
充足基調から探索基調への転換
'90年代の危機感と変革期待の行方
秩序収束と答え探索の綱引き
潮流2:戦後日本の意識潮流
潮流3:’70年、豊かさの実現と充足志向
潮流6:’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束
潮流9:経済破局を突き抜けてゆく充足・安定・保守の潮流
今後10年間は充足⇒活力を上げれば勝てる 
「日本人はいつ物を考え出すのか?」(1) 共認充足が最大の活力源。'10年代はそれだけで勝てる
市場時代の共認非充足の代償充足⇒解脱(芸能)埋没
'70年〜現代 収束不全⇒本能的な秩序収束⇒課題収束⇒認識収束
現代〜近未来 対象への同化こそが新しい認識を生み出す
大学生が授業に出るのはなんで?
「やりがい」に潜む社会的欠乏
カリスマ 〜自分たちが共認できる価値観への評価収束〜 
仲間収束 2:一人でできない子
「働きたいから働こう」という意識
快美欠乏に替わって、認識の統合が最高価値になった。
判断の土俵とは、人々の潜在思念が作り出した共認圧力の場
『必要か否か』が環境問題に対する基底的な答えになる
芸能か、認識形成か

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