生物学を切開する
60 「利己的な遺伝子」を切開する 1
 
四方勢至 ( 老年 京都 編集 ) 01/02/10 PM10 【印刷用へ
ドーキンスは、まず始めに定義する。「厳密にいうなら、この本には、いくぶん利己的な染色体の大きな小片と、もっと利己的な染色体の小さな小片という題名をつけるべきであったろう」・・・「私は、遺伝子を、何代も続く可能性のある染色体の小さな小片と定義して、この本に『利己的な遺伝子』という表題をつけたのである」・・・「私は自然淘汰の基本単位として、従って利己主義の基本単位として、遺伝子を考えるほうがいいと述べた。私が今おこなったのは、私の主張が必ず正しくなるように遺伝子を定義することである。」
要するに、長期に亙って変異することのない遺伝子を仮定したいと云うことらしい。
そして又、こうも云う。「遺伝子を、少なくとも潜在的に長命・多産性・複製の正確さという特性をもっている最大の単位と定義する。」そして、つい筆をすべらせて、こんなことまで云っている。「遺伝子は・・・・、充分に長い染色体の一片として定義される。」・・・「実際の自然淘汰の単位として最大のものである遺伝子は、ふつうはシストロンと染色体の中間のどこかに位置する大きさであることが分かるであろう」

私は、唖然とした。学者たるものが、DNAの諸構造や諸機能(とりわけ、組換えや修復や免疫の分子的な仕組み)を知らずに、遺伝子について物を云うなどと云うことが、あり得るのだろうか?そんな筈はない。そこで何度も、彼の云わんとする奇妙な「遺伝子」の定義の意味を、捉え直してみた。しかし、どう考えてみても、彼の立論の大前提をなす「遺伝子」など、現実には存在しないのである。

まず第一に、彼が想定するぐらいの長さの遺伝子群なら(特に有性生殖の場合)、その多くが組み替えやミスによる変異を伴っている。つまり、殆どの遺伝子群は、自己ではなく変異体=同類他者を複製しているのである。もちろん、ごく短期なら、変異していない遺伝子群も存在する。しかし、彼が望むように定義した「自然淘汰の単位として役立つだけの長い世代にわたって続き得る」変異しない遺伝子群などというものは、時間が長くなるほど限りなくゼロに近い確率でしか、存在しない。

第二に、もし彼の望み通りに(現実には殆どあり得ないが)、「変異しない、充分に長い染色体の一片」が存在したとしても、変異しない遺伝子(群)は、進化の誕生とは全く無縁である。云うまでもなく、進化は、全遺伝子群(ゲノム)が変異する=同類他者を作り出すことによってのみ発生する。云い換えれば、全遺伝子の共同体が出来る限り多様な同類他者を作り出すこと(もちろん体内適応という条件を満たして)こそが、全ての進化の源泉なのである。
(補:他に進化を促すものとしては、既に存在する変異体の間に働く淘汰が、進化の第二ステージとして存在する。)
 
  List
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_60
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
323332 知能は集団から生まれた 深ヰ紫 17/01/10 AM00
【共認社会の新しい農法とは?】(2)生命とはどういう存在なのか? 「新しい「農」のかたち」 10/03/16 PM06
226219 イデオロギーの正当化の為には、自然科学の分野ですら事実追求の姿勢が歪められてしまう。 山田孝治 10/02/10 PM04
180731 ドーキング「利己的遺伝子」理論は破綻した 前田 進 08/07/07 AM00
150869 生物は遺伝子の単なる乗り物って… 米澤祐介 07/05/03 PM08
150660 ドーキンスはなぜ「利己的な遺伝子」を創造したのか〜「利己的な遺伝子」の背後にある西洋的思想〜 アリンコ 07/04/30 PM11
112682 これが倒錯観念か 匿名希望 06/05/10 PM08
107562 利己的で安定的な遺伝子が進化を生み出せるか? 辻一洋 06/03/17 PM11
84783 自分の主張を正しくするための定義、にびっくり。 綾木順子 05/01/28 PM10
41310 免疫機能は、自己か非自己かではなく、仲間か仲間でないかを認識する 冨田彰男 02/10/02 PM10

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
超国家・超市場論1 新しいまつり場は、国家と市場を超えられるか?
超国家・超市場論2 闘争(能力)適応 と 共生(取引)適応
超国家・超市場論3 置かれた環境を貫く 闘争圧力を把握せよ
超国家・超市場論4 同類闘争の圧力と共認統合の限界
超国家・超市場論5 私権闘争・掠奪闘争をどう止揚・統合するのか?
超国家・超市場論6 生存圧力に基づく同類闘争から、同類圧力に基づく同類闘争=認識競争へ
超国家・超市場論7 私権闘争を統合した 力の序列共認
超国家・超市場論8 国家(力の序列共認)と その統合限界
超国家・超市場論9 私権闘争の抜け道が、交換取引の場=市場である
超国家・超市場論10 何をするにもお金がかかる社会
超国家・超市場論11 市場は社会を統合する機能を持たない
超国家・超市場論12 市場の拡大限界は、国家の統合限界でもある
超国家・超市場論13 人類の新たな活力源=圧力源
超国家・超市場論14 外向収束⇒認識収束に応える『認識形成の場』
超国家・超市場論15 『認識形成の場』こそ、新しい社会統合機構の中核である
超国家・超市場論16 ゼロから、自分たちの『場』を作る活動
超国家・超市場論17 新しい社会統合機構が、国家機関を吸収・解体する
超国家・超市場論18 認識形成の『場』を構築することこそ、真の社会活動である
超国家・超市場論19 もう、傍観者=インテリ統合階級は、要らない
超国家・超市場論20 認識形成は遊びではない、生産活動である。
超国家・超市場論21 『認識形成の場』が、なぜ有料化されるべきなのか?
超国家・超市場論22 お金は、現実の必要度を測るモノサシ
超国家・超市場論23 『必要か、必要でないか』という真っ当な判断の土俵が出来てゆく
超国家・超市場論24 必要か否かの『判断の土俵』が、国家と市場を呑み込み、解体し、再統合してゆく
超国家・超市場論28 新しい可能性が顕在化するとは、どういうことか?
超国家・超市場論29 新しい『場』は、古い評価指標の洗礼を受けて、はじめて顕在化する
超国家・超市場論30 実現の論理
判断の土俵と解体・再統合 大学の例
判断の土俵とは、人々の潜在思念が作り出した共認圧力の場
『必要か否か』が環境問題に対する基底的な答えになる
社会統合組織の史的総括 国家と教団
社会統合組織の史的総括 市場と演場
大衆の期待の変化に応じて統合力も変わってゆく
マイナス原因構造とプラス実現構造という両輪
支配階級の私有権は絶対不可侵だが、庶民の私有権は剥奪され得る

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp