北村さんがMsg58792でおっしゃっている『私権時代の身分序列は一般哺乳類の序列本能を下敷きにしている』というのは、実に達見だと思います。
考えてみれば、ライオンなどもエサを喰う順番(=誰が一番おいしいところにありつけるのか)は本能レベルで決着をつけていて、そのルールに基いて集団秩序を維持しています。当然、個体間の相対優位を巡る闘争を四六時中かつ無限に繰り返すのでは、集団の秩序が維持できないのは生物である限りすべてに共通する訳で、やはり人間の本能にも、敗退本能と序列本能はセットされているはずです。
人間の場合は、これらの本能を“追共認”したうえで、肩書きや指揮系統という身分観念をさらに共認して身分制度などの私権ルールをつくってきたので、この身分序列が、実は本能原理そのものであるという点が見えにくくなっていますが、私権時代の人類とは、そもそも貧困≒飢えの圧力という生存圧力が主圧力であるという意味では、動物と同次元にあったと捉えていいと思います。つまり、生存圧力が強く働く場では、人類と言えども、本能原理(=序列原理)に司られて、社会生活を営んできたことになります。
'70年の貧困の消滅とは、豊かさの実現という意味よりも、飢えの圧力=生存圧力からの脱却という意味の方が遥かに大きかったと捉え直せば、私権闘争≒序列闘争に誰も収束できなくなった昨今の状況も、本質的には、この生存圧力の衰弱⇒序列原理の崩壊という論理で理解するのが正しいと思います。
『生存圧力下の序列原理』から『同類圧力下の共認原理』へ・・・。これが、私権統合の行き詰まりと共に『みんな期待』や『当事者欠乏』が顕在化しつつある究極の原因だとすれば、北村さんが指摘されているとおり、現在は人類史上でも稀有のパラダイム転換期に他ならないという視点には、まったくもって同感です。
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