私権原理から共認原理への大転換
58791 私権秩序の根幹は身分序列にあったのでは?
 
北村浩司 ( 壮年 滋賀 広報 ) 03/07/16 PM11 【印刷用へ
>貧困が厳然としてあった70年までであれば、「貧乏人は麦を食え」といった特権的な身分意識まるだしの発言(池田首相’50年)も可能でした。池田首相にはこの他にも「(中小企業の)五人や十人倒産し自殺しても国民全体の数からみればたいしたことはない。国家財政をたて直すという基本政策のもとで多少の犠牲はやむをえない」という発言もある。(いずれも分相応、貧乏人は黙ってろ!という「私権規範」を下敷きにした発言である)山澤さん 58648 。

しかし1960年代後半以降、人権と福祉を基本スローガンとして掲げる革新首長の続出、更にはそれを受けての自民党・田中角栄の福祉政策への転換などの一連の事態の推移は、「貧困の消滅によってもはや私権規範(貧乏人は黙ってろ)では統合できない」という統治者側の状況認識 の変化があったことを示しています。つまり国民大衆の「共認」を得ない限り最早社会は統合できなくなった、という決定的な変化が起こったということを示しています。

逆に言えば、概ね1970年ごろまでは、基本的には「力の原理」で統合されていたのに対して、それが通用しなくなっていく過程だといえるでしょう。実際その前後を境にして、この類の政治家の発言は「問題発言、大衆蔑視発言」としてマスコミに叩かれる格好のネタとなっていきます。
だとすれば、旧秩序(私権統合)を形成していた「力の原理」の根幹にあったのは「身分序列」にあったのではないでしょうか?そう考えるとほぼ同時期に起こった旧体制の全否定を掲げた全共闘運動が、教授の吊るし上げに象徴される様に、旧権威(≒社会的身分が持つ権力性)の否定を核にしたのも、旧体制の根幹にあったのが身分秩序であったからと、理解できます。またその後「反身分=反差別⇒平等→人権」等の旧観念に導かれた運動が顕在化していく事とも整合します(その代表が'70以降の部落解放運動)。

実際平等という観念は近代以降ずっと唱えられつづけていましたが、それらは一切実現されること等なく文字通り「お題目」でした。名家や庶民等の身分格差は実態としても意識としても存在しつづけてきました。(近代に起こったのはそれらの上流階級の列に成功した商人階級や資本家が付け加わったに過ぎません。)つまり力のヒエラルキー→身分序列と身分意識は私権時代一貫して存在し続けています。

それが貧困が消滅する事によって、その力の源を失い、それまで抑制されてきた不当感のマグマが噴出したのが上記の現象ということになります。だとすれば現在起こっている形骸化した旧観念の支配もマスコミの共認支配も、貧困の消滅に伴って力の身分原理から共認原理へと社会統合の様式が180度転換する現実基盤=実現可能性が開かれた、という可能性現象として捉える事が可能になります。
 
  List
  この記事は 58648 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_58791
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
221949 課題共認の場と実現の場 孫市 09/12/14 PM10
143936 序列原理で生きてきたものたち 匿名希望 07/02/02 AM08
58938 共認統合再生への第一歩・・・バトルの必要性 大森義也 03/07/19 AM01
58864 身分意識の消滅が敬語の衰退を加速する 本田真吾 03/07/17 PM11
58792 統合様式のパラダイム転換 北村浩司 03/07/16 PM11

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

「合同板」必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
超国家・超市場論1 新しいまつり場は、国家と市場を超えられるか?
超国家・超市場論2 闘争(能力)適応 と 共生(取引)適応
超国家・超市場論3 置かれた環境を貫く 闘争圧力を把握せよ
超国家・超市場論4 同類闘争の圧力と共認統合の限界
超国家・超市場論5 私権闘争・掠奪闘争をどう止揚・統合するのか?
超国家・超市場論6 生存圧力に基づく同類闘争から、同類圧力に基づく同類闘争=認識競争へ
超国家・超市場論7 私権闘争を統合した 力の序列共認
超国家・超市場論8 国家(力の序列共認)と その統合限界
超国家・超市場論9 私権闘争の抜け道が、交換取引の場=市場である
超国家・超市場論10 何をするにもお金がかかる社会
超国家・超市場論11 市場は社会を統合する機能を持たない
超国家・超市場論12 市場の拡大限界は、国家の統合限界でもある
超国家・超市場論13 人類の新たな活力源=圧力源
超国家・超市場論14 外向収束⇒認識収束に応える『認識形成の場』
超国家・超市場論15 『認識形成の場』こそ、新しい社会統合機構の中核である
超国家・超市場論16 ゼロから、自分たちの『場』を作る活動
超国家・超市場論17 新しい社会統合機構が、国家機関を吸収・解体する
超国家・超市場論18 認識形成の『場』を構築することこそ、真の社会活動である
超国家・超市場論19 もう、傍観者=インテリ統合階級は、要らない
超国家・超市場論20 認識形成は遊びではない、生産活動である。
超国家・超市場論21 『認識形成の場』が、なぜ有料化されるべきなのか?
超国家・超市場論22 お金は、現実の必要度を測るモノサシ
超国家・超市場論23 『必要か、必要でないか』という真っ当な判断の土俵が出来てゆく
超国家・超市場論24 必要か否かの『判断の土俵』が、国家と市場を呑み込み、解体し、再統合してゆく
超国家・超市場論28 新しい可能性が顕在化するとは、どういうことか?
超国家・超市場論29 新しい『場』は、古い評価指標の洗礼を受けて、はじめて顕在化する
超国家・超市場論30 実現の論理
判断の土俵と解体・再統合 大学の例
判断の土俵とは、人々の潜在思念が作り出した共認圧力の場
『必要か否か』が環境問題に対する基底的な答えになる
社会統合組織の史的総括 国家と教団
社会統合組織の史的総括 市場と演場
大衆の期待の変化に応じて統合力も変わってゆく
マイナス原因構造とプラス実現構造という両輪
支配階級の私有権は絶対不可侵だが、庶民の私有権は剥奪され得る

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp