共認運動をどう実現してゆくか?
57879 交流会(場)こそが実感できる「社会」
 
浅野雅義 ( 35 滋賀 不動産 ) 03/06/30 PM10 【印刷用へ
57860 沼田氏
>「社会」を辞書で引くと、「生活空間を共有したり、相互に結びついたり、影響を与えあったりしている人々のまとまり。また、その人々の相互の関係。」とあります。この定義は状態を表しているだけですから、何もしなくても誰もが社会の一員になってしまいますので、社会という状態自体には実質的な意味はありません。

 たしかに、「社会」という言葉はわかったようなわからないような観念であり、少なくとも実感を伴うようなものではないと思います。「ソキウス / 見識ある市民のための社会学リファレンスリンク」の
野村一夫氏によれば、
               ◆
『このことば、じつはもともと日本にあったことばではない。それは、明治時代のはじめにsociety の翻訳語として新たにつくりだされたことばである。
 翻訳論研究家の柳父章によると、society は開国当初さまざまに訳されたという(侶伴・仲間・交リ・一致・組・連中・社中など)が、このことばの翻訳にはいろんな人がずいぶん苦労したらしい。福沢諭吉も「交際・人間交際・世人・交(まじわり)・国」などと訳し分けていた。●1 柳父章『翻訳語成立事情』(岩波新書一九八二年)。
                 〜中略〜
 このような例は柳父がとりあげている他の翻訳語についても同様である。柳父によると、このような新造語をあてることによって結果的に意味の乏しいことばをつくりだしてしまったという。そして、このようなことばはいったんつくりだされると、意味の乏しいことばとしてはあつかわれないで、むしろ意味がそこにあるかのようにあつかわれ「使っている当人はよく分らなくても、ことばじたいが深遠な意味を本来持っているかのごとくみなされる。分らないから、かえって乱用される」ことになる。』
               ◆
 ということは、日本においては新造語である「社会」はあくまで、観念上で作り出された言葉であり、日本における何らかの事実や固有文化に基づいたものではないということです。むしろ、福沢諭吉が使っていた日本語の方が注目されます。その語群を見れば、「社会(society)」とは、「仲間・人つながり」という意味に近いように思います。

20355「現実とは、人々の意識である」四方氏
>生存圧力から同類圧力へと場が移行したと云うことは、場=現実が、同類圧力=人々の意識そのものが形成する圧力、の場に成ったことを意味する。つまり、今や現実とは意識である。だから現実を対象化するということは、人々の意識を対象化することに他ならない。 
 
 「現実(社会)とは意識」であるならば実感される「社会(の中身)」とは、顔の見える・意識(潜在思念や空気)が感じ取れる共認域にしかない。これは、既存の環境運動や消費者運動などの「社会」運動が、現実とつながってない「社会(という中身のない観念)」を対象として働きかけることへの疑問にもつながります。

 つまり、働きかけるべき対象は具体的な「人(の潜在思念)」であり、個別の意識(例えば交流会での1枚のカード)が構造観念(私権、共認、外圧適応態、不全と統合等)によって、普遍的な「みんな不全」や「みんな期待」へと統合されていく「場(交流会)」こそが実感をもって感じられる「社会」なのではないかと思います。


 
 
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