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人類はなぜ大地を耕しはじめたか? 寒冷期と農業の起源 |
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( 27 千葉 SE ) |
01/06/19 PM11 【】 |
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■未開民族が「貧しい」というのは誤り
今日、世界の辺境と呼ばれる地域で、農業(牧畜も含める)を営むことなく、狩猟と採取で生計を立てている未開民族がいる。
私たちは、メディアを通じて「貧しく飢えた発展途上国の人々」というイメージを植え付けられているから、狩猟採取に従事する未開民族は、貧しくて不安定な生活を送っているに違いないと考えがちである。
しかし調査によれば、農業を行わない狩猟採集民が食物生産に費やす時間は、成人労働者一人当たり平均三時間から四時間である。残りの時間は、遊んで楽しむことができる。
長時間労働を強いられ、過労死寸前の私たちにとっては、うらやましい限りで、農耕牧畜民族より、狩猟採集民族の方が豊かな生活を送っていると言ってよいぐらいだ。
だから、例えば、アフリカの奥地に住む、食物獲得に費やす時間が平均二時間以下のハドサ族に、文明人が農業を教えようとすると、「この世にモンゴンゴの実(タンパク質に富んだ木の実。栄養価が高い)がこんなにたくさんあるというのに、どうして植えなければならないのか」と言って拒否したとのことである。
彼らは、農業を知らないから農業をしないのではなくて、余暇を守るために農業を拒否したのだ。
■「現在」の未開社会と「過去」の原始社会は同一視できない
では、私たちの祖先は、なぜあえて農業を始めたのかと不可解に思う人も読者の中にはいるであろう。実際、原始共産主義を賞賛する左翼くずれの経済人類学者の中には、この不可解さを利用して、農耕文化や工業文明を批判しようとする人がいる。
人類は、農業革命、更には工業革命によって、より忙しく、かつより貧しくなったというわけである。
だが、こうした農業批判は、現在の未開社会と過去の原始社会を同一視する誤謬の上に成り立っている。
例えば、マーシャル・サーリンズが1972年に出版した、この分野での古典的著作『石器時代の経済学』は、タイトルとして“Stone Age Economics”を掲げながら、本文ではもっぱら現在観察できる未開社会の経済を記述している。
だが、「現在の未開社会にあてはまることは、すべて過去の原始社会についてもあてはまるはずだ」という思い込みは、間違っている。
原始社会は、決していつも豊かであったわけではない。現存する未開社会はほぼ一貫して豊かだったからこそ、その地域は今に至るまで未開社会のままでいることができるのであって、私たちの祖先は、豊かでなかったから、農業を始めたと理解するべきである。
■人類は、やむをえず農業を始めた
人類が食料を能動的に生産するようになったのは、氷河時代が終息した頃からだと考えられている。ウルム氷期が終わり、完新世(かんしんせい)が始まる局面で、地球の気温は大きく上昇したが、単調に上昇し続けたわけではなく、何度か寒冷化のゆれ戻しを経験している。
中でも、最大規模の寒冷化をもたらしたのは、11000-10000年前のヤンガードリアス寒冷期である。
ウルム氷期以来北米を覆っていたローレンタイド氷床の融氷水は、11500-11000年前までは、ミシシッピー川を経てメキシコ湾に流れていたが、11000年前頃、東側にあったマルキュティ氷河がなくなったために、セントローレンス川を経て、北太平洋に流れ込んだ。その結果、北大西洋の海水は、塩分濃度が薄まり、密度が小さくなり、これが深層海流の動きを止めてしまい、10年間で8-15度というスピードで気温を低下させた。
その後、氷河の再結成により深層海流が復活し、温暖化が再開するが、この急激な寒冷化は、当時の人類経済に大きな影響を及ぼしたに違いない。
事実、西アジアの「肥沃な三日月地帯」の場合、11800-11000年前のアレレード温暖期の遺跡から野生種の植物が出土しているが、ジェリコやアスワルドなどのヤンガードリアス寒冷期の遺跡からは、栽培種の小麦や大麦が大量に出土している。
温暖期に人口を増加させた狩猟採取経済が、突然の環境悪化で重大な危機に直面したと想像できる。寒冷化による資源の減少が、人々に農業を強いたのである。
■虫も魚もする農業
もっともヤンガードリアス寒冷期での農業が、人類最古の農業かどうかは疑問である。
信憑性のほどはともかくとしても、オルデストドリアス寒冷期にあたる14000年前頃の中国江西省仙人洞(せんにんどう)遺跡と吊桶環(ちょうとうかん)遺跡で中国最初の土器とともに最初の栽培稲が見つかったという報告がある。
温暖化後の激しい寒冷化なら、長い人類史上に何回も見られる現象であるから、ヤンガードリアス寒冷期よりはるか以前に農業が行われていたとしても不思議ではない。
そもそも、最古の農業は、人類が誕生する以前から始まっていた。
キノコシロアリは、空気調節されたシロアリ塚の中に培地を作り、独自に開発した品種のきのこを植え、栽培する。
カワスズメの一種であるモンダブという魚は、湖底の砂を掘り起こし、そこに酸素を含んだ水を供給することによって、えさとなるユスリカの幼虫を養殖している。
どちらの“農業”も、かなり古くから行われていたようだ。だから、能動的に食用の動植物を育てることとしての農業は、人間の英知を象徴する画期的な生産方法というわけではない。
■「狩猟」に引き返せなかった理由
人類最古の農業がいつから始まったかという問題は措くとして、原始人が、温暖期ではなくて、農業がやりにくい寒冷期に農業を開始したことは興味深い。
人間は保守的な動物だから、《できるからする》のではなくて、《しなければならないからする》というのが常なのだ。
西アジアと東アジア以外の地域でも、農業を寒冷期に開始している。メキシコ北部でかぼちゃが栽培されたり、ニューギニア高地のクック沼地でタロが栽培されたりしたのは、9000年前で、これはボレアル寒冷期にあたる。
先史時代のエジプトや南米などでは、温暖化をきっかけに、農耕を放棄して狩猟に戻るということもあったようである。しかし、食糧生産革命という逆境期の技術革新で、生産性が向上し、温暖化を背景に人口がバブル的に増加した結果、環境が好転しているにもかかわらず、農業が放棄できなくなった不可逆的な時期が完新世のどこかにあったのだろう。
参考資料:「人類はなぜ農業を始めたのか」永井俊哉 |
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