否定脳(旧観念)からの脱却
53975 「何でだろう?」を封印してきた価値観念
 
土山惣一郎 ( 45 山口 デザイナー ) 03/05/01 AM00 【印刷用へ
 多くの方が指摘されているように、子供たちが年を経るごとにだんだん「なぜ?」と訊かなくなるのは、やはり、その問いに対する大人たちの答えがその場凌ぎのゴマカシだからであるのは、ひとりひとりの体験からも明らかなようです。また、仕事場面で指示内容の根拠を問う「なぜ?」という質問に、的確に答えてくれる上司が非常に少ないのも、多くの人が日常感じていることだと思います。

 「なぜ?」という問いに対する答えが、その当人の考えであれ、人伝てに聞いたことであれ、いつも要領を得ないのは、彼が価値観念でしかモノを考えたことがない証拠だと思っていいでしょう。

 もともと価値観念は、その根拠を問う「なぜ?」という問いを許しません。無条件に正しいものとして与えられます。ですから価値観念は、「なぜ?」という思考の対極に位置しています。したがって、根拠とは無縁の価値観念に染まれば染まるほど、「なぜ?」という問い自体を拒絶し忘れ去ってしまいます。
子供が大きくなるにつれて「なぜ?」と考えなくなるのも、価値観念の悪影響であるのは、最早疑いの余地はありません。もちろん、子供や部下の「なぜ?」という疑問をはぐらかすことができたのも、教師や部課長という‘身分’あってのことですが、そもそも私権時代とは、「なぜ?」という素朴な問いに答え得る構造観念など、まったくと言っていいほど存在しなかった時代でもあるのです。

 そして今、「なぜ?」という問いを封印してきた価値観念一色の世界に終止符を打ち、「何でだろう?」という言葉が蘇りつつあるとすれば、これは、価値観念と構造観念を「なぜ?」という言葉と思考によって、鮮明に峻別できる時代が到来したことを意味しています。この流れこそ、人々が価値観念に引導を渡し、構造観念(の持ち主やそれが語れる場)への期待が一気に高まる予兆だと言えると思います。
 
 
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