思考革命:問題意識発から可能性発へ
52166 「実現可能視発のみんな期待」へ転換する条件は?
 
冨田彰男 ( 39 兵庫 経営管理 ) 03/03/23 PM10 【印刷用へ
>'60年代後半までは貧困という言わば共通の課題=不全があり、だからこそ誰もが豊かさの実現に向けて必死に生きてこれたことになります。きっと、貧困も一種の「みんな不全」であり、豊かさ追求は「みんな期待」だったのでしょう。 そうだとすると、'70年以降のこの30年間は、「みんな不全」「みんな期待」が表舞台から一瞬消え去った時代なのではないか(52041「みんな不全が一瞬消え去ったこの30年」)

歴史的に考えてみます。

私権時代のみんな不全⇒みんな期待は、一貫して、実現不可能視に立脚したものだと思います。私権の強制圧力は覆せないことを暗黙の前提にして、せめてもの心の慰めとして、物的な快美充足や宗教・思想・芸能に期待した。「実現不可能視発のみんな不全⇒みんな期待」だったのではないでしょうか。

実現不可能視という視点で、初めて期待・応望充足を形成した原猿に、遡ります。

>「集団」から離脱した人々のこの期待・応望充足は、実は、集団(縄張り)を持ち得なかった原猿の原初の期待・応望充足と同じである。驚くべきことに、集団外(縄張り境界線上)で接する相手全てが対象となるという点も含めて、全く同じなのである。(441675認識営業の『まつり場』こそ、『原初の社会』である) 

>原猿初期や私権時代の様に、何の可能性も見付けられずに不全感や現実否定の意識の中に閉じ込められて終う一時期も存在する。(その結果、私権時代は、現実否定(or捨象)の感応観念へと可能性収束するしかなかった。これは、解脱充足へと可能性収束した原猿と同じ位相の時代であるとも云える。もちろん、解脱充足や感応観念では、元々の縄張り本能の不全や共認充足の不全を解決したことにならないことは、云うまでもない。)(23883「可能性と不全(肯定か否定か)」)

つまり、原猿は、縄張りの獲得という課題に対しては実現不可能視していたということです。この実現不可能視⇒旧観念にとらわれているという点でも、現在の「集団」から離脱する人々と全く同じです。

これまでの議論を通して、実現不可能視のままではダメで、実現可能視への転換が不可欠であることは明らかです。これが「実践(=運動)の核になる理論の必要十分条件とは何か」という問題の核心なのではないでしょうか。これは、「実現不可能視発のみんな期待から、実現可能視発へのみんな期待へ転換する条件は何か?」という問題と同義だと思います

実現可能視へ転換したのが、真猿です。

>真猿が仲間の期待(課題や役割)に応えようとする際(雌が首雄の期待に応えようとする際も同じですが)、まず頭の中に充足イメージ(応合のイメージ)を描き、それを活力源とも先導力ともして、応合行動をとっています。(2662自我の源泉は、共認の部分否定にある」) 

>原猿⇒真猿は、縄張りの獲得という闘争共認を形成することによって、集団化を実現していったが、旧人類⇒新人類は、統合課題の共認⇒普遍認識の獲得という闘争共認(共認闘争or認識競争の共認)を形成することによって、統合化を実現してゆく。(41676「新しい社会の原基構造」)

真猿は、縄張りの獲得という課題を実現可能視して、充足イメージ(実現イメージ)を描き、実現するための闘争共認を形成したのです。「なぜ、真猿が実現可能視できたのか?」は、私たちが、統合化を実現していく(そのための理論を構築していく)上で、重要な切り口になるのではないかと思います。

私権時代の中でも、市場によって私権拡大の実現可能性が開かれた途端、急速に科学技術が発展して、物的生産力が急上昇したという歴史事実も、注目に値します(30709私権闘争の抜け道が、交換取引の場=市場である」) 。「なぜ、市場時代初期に、私権拡大の実現可能視が生まれたのか?」も一つの切り口になるのではないかと思います。

>可能性を実現しようとし続ける(従って、その壁の源を対象化し続ける)その意識の出所は何か? 本源収束・社会収束の可能性が開かれた(可能性を見た)以上、その可能性に収束するのは当然である。例えば、社会が人々の意識によって形成されている(従って、変え得るものである)ことが分かった以上、それを対象化するのは、当然である。(23884「可能性or不全の源を対象化し続ける源泉」) 

どうも、「現実とは、人々の意識である」(20355)という認識が、実現可能視へ転換するカギを握っているような気がします。
 
  List
  この記事は 52152 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_52166
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
52397 危機逃避本能の解除は仲間+から 酒井俊弘 03/03/29 AM00
52380 人々の意識の奥底 正国稔 03/03/28 PM09
52327 堂々と実現可能性を語る 浅見昌良 03/03/27 PM00
52314 私権の終焉により現実と幻想は逆転した 村上祥典 03/03/27 AM01
52313 改めて旧観念無用 匿名希望 03/03/27 AM01
52268 「みんな期待に応える」と言う事は生物の原理 丸一浩 03/03/26 AM00
52251 「心の慰み」需要の終焉 tanvool 03/03/25 PM09
52228 実現可能視が推進力 山田渉 03/03/25 AM11
52197 観念収束へのおそれ? 鈴木康夫 03/03/24 PM10

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp