西欧科学は狂っている
4090 近代科学について
 
本田真吾 HP ( 44 香川 建築家 ) 01/05/14 AM02 【印刷用へ
はじめて投稿させていただきます。3986 『近代科学と知の体系、再考』の問題意識に基本的に賛同いたします 。だた、多少意図が不鮮明に感じた部分があリますので、その点について少し考えてみました。

>現在(近代以来)のパラダイムの上で「科学的である」ということは、大きな偏りを含んでいると思っています。誤解されると困るのでお断りしておきますが、近代科学の成果を全面的に否定するわけではありません。重要な部分を切り捨てた、一面的で不完全な認識体系だと考えているわけです。

>ところが私たちは、「科学的に証明された」ということに対して、ある種の絶対性を感じてしまうようです(科学を過信しているとでも言いましょうか)。近代科学の手法である程度明らかにできるのは、現象のごく一面に過ぎません。その切り取られた一部のみで成り立つことを一般法則としてしまうことによって判断を誤ることは、往々にしてあり得ることです。「科学的」=「正しい」という図式を、無意識に盲信しているというのは問題でしょう。

前段で、近代科学は『重要な部分を切り捨てている。』『一面的で不完全である。』という2つの問題提起がなされ、後段で、そのような状況下では『近代科学的方法』を盲信するのは危険である、のように取れます。そこで、近代科学の特性と成立過程はどうだったのか、それ以前の科学(的認識)はどうであったのかが解れば問題点がもう少し鮮明になりそうです。

まず、今日の自然科学的知識に相当するものはギリシャ時代から存在し、その確実性や根拠の究明は哲学の重要な任務の一つでした。つまり、哲学は科学哲学的問題意識を含んで成立していたと言うことになります。このことは、哲学が人間や社会を対象としているため、大きくは哲学に包含される当時の科学的認識も人間や社会を対象にしていた、と言うことだと思います。

次に、『科学者』という言葉は1840年代にw.ヒューエルよって造語されましたが、科学が今日見られるような『個別諸科学』に専門分化し、さらに科学研究が専門的職業として成立するするのは、19世紀半ばの『科学の制度化』以降です。この頃、科学と哲学は明確に分離されることになり、科学研究活動を対象とする哲学的考察という新しいジャンルの『科学哲学』が誕生しました。これは、近代科学はそれ単独で社会を対象化することが出来ず、哲学の力をかりて社会に中での位置を確認するしかなかったという風にも考えられそうです。

それから、本格的な科学の制度化は20世紀になってからです。技術革新が市場経済の制覇力の大きな柱になるにつれて、国家は科学を国家的事業として取り込むようになります。このとき科学はほぼ全面的に体制化され(=科学者は国家から身分保障を受けるようになり)、近代科学の制度的基盤が確立しました。
 
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