暴走する悪徳エリートの所業
38107 マスコミに対する危機意識
 
若林勇夫 ( 33 岡山 デザイナー ) 02/08/18 PM03 【印刷用へ
最近ニュース系の番組を見て思うが、喜怒哀楽を過剰に呼び起させようとした構成仕立ての感があり、それを伝えるキャスターも演者(傍観者)として、演出めいたしらじらしさを感じる。

ここ一連のるいネットの議論を読むにつれ、紡ぎ出された認識によって、マスコミやそういったメディアの正体が鮮明になってきたように思う。
傍観者だらけのこの社会に非常に危機感を感じる。

>記者には「やじ馬根性」が欠かせない。やじ馬は人の知らないことを見たり、聞いたりして第三者に伝え、「へぇー」とか「すごーい」という反応に接して満足する。 記者は出来事や話題ものを取材して、紙面を通して一般の人に情報を伝達する。したがって、やじ馬根性、つまり好奇心がおう盛であることが求められる。もちろん、責任感と正義感を備えたやじ馬(??)であることが必要。
(以上リンク
37953)

北村さんの投稿にあるように、野次馬根性からスタートするマスコミがいくら責任感と正義感を持ったところでその傍観者的な立脚点に変わりなく、暴露ネタや噂話や中傷や批判なるたぐいを代償充足の糧として撒き散らしていることに変わりはない。
我々はそれを伝言ゲームのようにおしゃべりして代償充足しているに過ぎない。

このサイクルではまずい。
このままでは傍観者として代償充足を貪る道しか見えてこない。
素人が傍観者ではなく当事者となるために、このサイトに集い、事実を、認識を獲得していかなければならないと強く感じた。


 
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