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3752 システム検討@『対象』
 
西知子 ( 26 京都 秘書 ) 01/04/29 AM08 【印刷用へ
>「出来たら本当に自分もやりたい」という思いの詰まった資金なのか、または、「自分はできないけど、まあお金を出せばいいか。」というただ単に「免罪符」としての資金なのか、それによって、資金から得られた成果に対する評価の仕方も全く違ってきます。それは、同じ1万円を得ての活動でも、「応望の側」が実現する活動に、大きな差が出てくると思います。だから、本当に心から変えたいという「期待」から生まれた資金が集まるといいなー、と思います。 (社会統合36513652『お金を実現指標とする?』より)

当初の発想は、そのような感覚(本当に心から変えようという期待)から出発しました。
そして、田中さんの提起されているように、「お金さえ出しときゃいいか」という意識の問題は確かにあります。けれど現実には、何であれ、ヒエラルキーというものが存在し、意識転換度・可能性収束度といった面でも、当然それは生じます。
そこで、結論としては、「どちらかだけがいいor必要」というよりは、それはむしろ実現過程での段階(層)の違いではないかと思いました。


例えば「社会改革」という課題であれば、まず、「社会を変えなければ」という思いのある人たちの存在や意識そのものが、普遍的実現基盤(=期待)となります。

その中から、能力や意識や活力の高さによって、自ら統合・前進してゆける人or事と、誰かに頼って(任せて)しまう人or事が、理由は何であれ必ず存在します。
そこでこの基準を原理とするシステム(期待・応望に基づくお金の循環)では、「期待側」は想いを託して資金を募り、応えてくれた「応望側」には感謝と同時に報酬が渡されます。

この時点で、今を“変えること”が目的なのではなく“批判すること”が動機であった人の場合は、お金を支払うことを色んな理屈を付けて拒否し、一旦この運動(期待応望のお金の循環)からは外れるでしょう。
又、己の都合に基づく要求をする人も、自分で出来るのであれば自ら勝手に行うか、相手(=応えてくれる誰か)を信頼して先に資金を募って委ねることには抵抗があるかのどちらかで、結局この運動には乗らないのではないでしょうか(→この点はもう少し色んな側面から検討する必要有ると思いますが、一旦仮説としてこのまま進めます)。
ですから、現在の段階のこの基準でまず先に形になる「期待=資金」は、意外と純粋(?)な変革資金ではないかと思っています。

そこで交歓される期待応望の充足と活力と効果は、大きな可能性の流れを創ってゆくことと思います。これが、まず可能性実現の先端をゆく、「可能性の流れを“創りだす”“形にする”」層です。

そして、次にその波に乗ってくるのは、期待応望・役割・充足・やりがいetcに素直にプラスを感じて収束してきた層になるのではないでしょうか。基本的には、不安や警戒心があまりなく、より可能性のあるものへとすんなりと溶け込めるような人たちだろうとイメージしています。彼(彼女)らは、「可能性の流れを“加速させる”“伝播させる”“定着させる”」層になるでしょう。

ここまでゆけば、こういった社会的運動や社会的課題が、人々の間で「避けて通れないもの」「より重要視されるもの」として意識されるようになってゆきます。直接的生存課題だけでなく社会的・人類的課題に対しても、同等もしくはそれ以上の関心及び評価圧力が働くようになるということです。
そうなってようやく、決して積極的にはその波に乗り切れずに何らかの壁を抱えていた人々も、「仕方なく」or「当然のこととして」受け入れたり参加したりするようになります。(「まあお金さえ出しとけばいいか」というのもこの層に入るかもしれません。)
そういう意味では、現在既にその傾向が強まっているようにも感じられ、前二段階で可能性の収束先さえ形になれば、意外に早くこの残り大多数の人々は収束できるようにも思います。今この層は、可能性先を模索して(待って)いる状態とも捉える事が出来ます。

運動や可能性を実現(拡大)する有効な仕掛けを考えてゆく上で、対象の見極めと基本方針は何度も検討されてゆくことと思いますが、私の現段階の上記案では、最後に残るのが、警戒心が強いが故に中々新しいものに踏み出せず様々な理屈を総動員させて己を正当化(他者を批判)しているだけのような層となります。

そして、ここまで見えてきた「今までの社会変革と違う所」=「従来の社会運動を超える可能性ポイント」は、@お金を現実的評価指標として肯定的に捉える所、A社会統合(or変革)課題を最もやりがいのある楽しい仕事だと捉える所、B否定でなくより肯定への転換として捉える所、C志や自己実現の手段としての社会運動ではなく普遍的課題として捉える所、といった辺りでしょうか。(順不同)

この4つのポイントを活かしつつ、「では具体的にはどういったシステムを組むのが有効か」を引き続き少しづつ検討してゆきたいと思います。
 
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