密室家庭は人間をダメにする
360381 母親の役割
 
前野将克 ( 22 東京都 会社員 ) 20/09/21 AM10 【印刷用へ
【母親の役割】
 母親として、やさしい親になってやりたいという気持は、ごもっともなことと思います。昔から厳父慈母といわれてきましたように、やはり父親は男性的役割を、母親は女性的役割をもつのが望ましいあり方と思います。
 お父さんは仕事が忙しいためもありますが、やさしい性格、おとなしい性質のために、子どもに甘い父親が最近増えているように思われます。
 その一つの理由は、父親の権威の喪失といえましょう。民主的であるためには、昔の封建社会で通用していた父権絶対ではいけないという反省から、こんどは逆転して、弱い父親、おとなしい父親、しからない父親、甘い父親、ついには家庭教育から逃げ腰の父親、放任の父親にまで落ちてしまった風潮があります。
 そのため、母親の肩に全部の責任がかぶさるようになって、現在では、こわい母親が増えてきたようです。あなたの言葉の中にも責任が重いとありますが、頼りにならない父親にかわって、全責任をもつ母親ということになりますと、どうしてもしかる役目や小言ママの役目を果たさざるをえなくなるのです。

 お母さんとしての心構えは、家庭教育の全責任を背負うとか、家庭教育の権威を一人で持つといった考え方を持たないように心がけることだと思います。責任の半分は父親にあるという役割分担を考えることが先決と思います。そのためには、やはりお父さんも立てていくようにしましょう。
 よく世間にある例ですが、お父さんが厳しいと母親が甘くなり、お母さんが厳しいとお父さんが甘くなりがちです。つまりバランスをとるという関係が生まれるのです。同様に、お母さんが全責任をとるとお父さんがまかせたという気持になりがちです。
 つまり、父と母とは別々ではなく、相互にバランスをとり、補い合うという関係が生まれるのです。ですから、お母さんが甘ければ父親は自然に辛い方にまわるといえます。その意味でも、やさしい母親になるよう努力されることによって、お父さんの態度にも変化が生まれると思います。性格ときめこまないほうがよいでしょう。
 そこで、やさしい、女らしい母親になるにはどうしたらよいかということになります。やさしいということは、思いやりのある言葉の調子にあらわれます。しかる時や小言の場合、調子が荒れています。その根本は心のあり方です。
 躾のほうに心が向いていますと、どうしても厳しい方向になりがちです。躾ようと一生懸命になる前に「子どもの心」に着眼してみてはどうでしょうか。しつけるときには、とかく外にあらわれた外形面に着眼しがちです。その形になる前の心に目をむけると、やさしさが出てきます。
 例えば、子どもが廊下を走ったとします。あるいは部屋の中であばれたとします。その時、走るという外形面よりも「急いだのね」というように、子どもの気持のほうに目をむけて、そちらに言葉をかけてやるのです。また、あばれた時に「うるさい」とか「はこりが立つ」という外形面に目を向ける前に、子どもが「うれしくて興奮している」とか「エルネギーをもてあましている」という点に着眼して「うれしいんだね」とか「外で遊んでおいで」といってやると、子どもは自分の気持をわかってくれるお母さんのことを「やさしい」お母さんと感じます。
 つまり、子どもの心、子どもの気持の中まで、キメこまかにはいりこみ、触れてくれる人は、やさしい人なのです。それは単に甘いとか辛いということとは違います。
 ですから、お宅のお父さんも、そういう観点から見直してみたら、子どもの心のわかる人なのかもしれません。子どもの心がわかる人のしつけ方は、権力主義のこわさはなくても、しつけの効果を上げているのです。
 そういう意味では、やさしさということが必ずしも女性だけの専有物ではないことがわかります。子どもの心と触れあい、子どもの心が理解でき、その結果としてやさしいのであれば、それは父親にも母親にも必要といってよいでしょう。
 ですから、父親が厳しい役割、母親がやさしい役割というように区別する必要はないといってもよいのです。母親の役割というのは、女性のもつ特性を一つ の長所として、日常生活面で自然に発揮することだといってよいでしょう。
 例えば、こまかい点に気がつくとか、日常生活面でめんどうみがよいとか、やわらかみや柔軟さがあるとか、感情面が豊かであるとか、声や態度、動作などが優美であるとかいった女性特有の長所を充分に発揮できれば、それが母親としての特技となり、父親(男性)にはないものを武器として表現できれば、それで立派といえましょう。
 人間性とか人間としての人格としては、男女同権であることは当然ですが、男性、女性としての特徴、特質、特技まで失ってしまって、全く同じになったのでは意味がないといえましょう。
 父親と母親の役割を考えるとき、両者が全く同じであればよいというのではなく、両者がそれぞれの長所を発揮し、それぞれの短所を補う役割をもつことができれば理想といえましょう。
 ですから、しかる役目といったようなことを、父親の役割とか母親の役割というように考える必要はないのです。それは父親であろうと母親であろうと同じで、必要な時しかればよいので、人間形成やしつけ方について役割分担ということはないのです。親の責任についても同様です。
リンクより引用
 
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