古代社会
359583 ヤタガラス一派(賀茂氏と秦氏)の誕生
 
山澤貴志 ( 55 鹿児島 ITコンサル ) 20/08/25 AM09 【印刷用へ
日本の皇室は非常に不思議な存在である。蘇我氏→藤原氏(→現在は薩長?)とパートナーを変えながら律令国家と国家による宗教管理体制を進めつつ、その一方で、常に反体制とも手を結び、在野の行基や空海の力を借りて、体制を建て直していく。常に権力維持のために情勢を読み解くための諜報活動を怠らず、両建てで生き残りを図っている。そのための諜報網の一方が南朝系のヤタガラスであり、もう一方が北朝系のサンカであるといわれる。この諜報勢力の存在が、世界にも類を見ない天皇一族の権力の永続性を産み出してきた。ではその生い立ちはどこにあるのか?まずはヤタガラスからみてみる。

ヤタガラスは神武天皇が九州から四国・紀州を経て大和に入る際に道先案内をした一族だと言われている。またヤタガラスはオオナムジの子のアジスキタカネヒコではないかとする説があり、賀茂氏に繋がる一族である。そして賀茂氏は、三輪氏と並ぶ出雲族(国津神)でありながら、国津神に属する葛城賀茂氏と天津神に属する山城賀茂氏に別れており、両建てでの生き残り戦略を図っている。

よって賀茂氏の裏の顔がヤタガラスだといってよい。神武東征神話で、ヤタガラスは神武の道先案内をし、さらには地元豪族たちの兄弟の離反を先導している(宇陀では弟猾=おとうかしを抱き込んで兄猾=えうかしを暗殺、磯城でも弟磯城=おとしきを抱き込んで兄磯城=えしきを征伐)。つまり諜報組織ならではの「内情に精通した情報戦」で勝ち抜いたことを隠そうともしない。その実働部隊は、修験道の行者たちであり、そこから派生した、伊賀の忍者集団であろう。役行者、行基、空海とつらなる国家管理仏教とは無縁な自主独立集団のネットワークが、時に権力を支え、権力をアップデートしてきた。

また天津神としてより権力の懐に入った山城賀茂氏は、京都においては弓月の王の末裔の秦氏と血縁となり、より直接的に朝廷を操る存在へとなっていく。

秦氏と賀茂氏のつながりは、「秦氏本系帳」に以下のようにある。「秦氏の女子、葛野河に出で、衣裳を洗濯す。時に一矢あり、これを取りてて還る。女子、夫なくして妊む。矢は松尾大明神。而して賀茂氏人は秦氏の婿なり。」ここでオオヤマクイノカミ=松尾大明神は神武東征以前に大和を治めていたとされる「ニギハヤヒ」の息子にあたるが、ニギハヤヒはオオナムジのあとを継いで大和を納めた神である。物部の祖ともされるし、尾張氏との関連もあるが、賀茂氏の正統の継承者といってよい。

参考:リンク 

しかし秦氏と賀茂氏のつながりはそれだけではない。オオナムジは因幡の白兎を助けた薬草の神でもあり、日本に不老不死の薬草を求めて秦始皇帝を騙して日本へやって来た徐福一党の末裔であると思われる。そして秦氏も秦の始皇帝に西域から連れてこられた月氏の末裔であり、秦滅亡後、秦韓(辰韓=後の新羅)に逃げ延びた一族であった可能性がある。つまり徐福一党の賀茂氏の家系に後発の秦氏が迎え入れられたのは、同じ、秦の始皇帝の屋台骨を支えた技術者集団の末裔という血統の同一性があったからだろう。

平安京を天皇家に譲ることで、秦氏そして賀茂氏はますます天皇家への影響力を強めたはずであった。しかし、実態は百済系の藤原支配が強くなり、新羅出身の秦氏は力を失っていく。そこで秦氏と賀茂氏はそれまで以上に、天皇家を背後から動かしていく存在となる。

その鍵を握っているのは蘇我氏を葬り、政権を転覆させた藤原不比等によるクーデターである。このクーデターを天皇家は黙認していたと思われるが、その後に、藤原四兄弟が天然痘で次々と死亡していく。しかも藤原氏によって長屋王一家滅亡という事件まで起こってしまった。こうした事態を天皇家は聖徳太子の祟りだととらえ、法隆寺を祀り始める。しかし、この聖徳太子は蘇我氏の優れた業績を表現した架空の人物であり、太子信仰は蘇我氏を殺害されても仕方なかったとするための物語であるとする説がある。さらには日本書紀には「秦河勝が常世の神を打ち懲らしめた」との記述があるから、もしかすると蘇我氏暗殺の実行犯は秦河勝本人であった可能性もある。だとしたら秦河勝が京都を離れ、播磨に逃れたのも説明がつく。(関裕二説)

秦氏は蘇我氏暗殺の真相を知っていて、だからこそ太子信仰を強烈に布教し、藤原氏と天皇家を背後から脅し続けたのではないだろうか?そしておそらく秦氏を新たに裏ネットワークに加えた賀茂氏は日本の政局の重要局面で、どの勢力に味方するかを判断しながら、長期にわたる政権の永続性を保ち続けてきたのではないか。

賀茂氏も秦氏も、秦の始皇帝を裏から支えた技術集団・呪術集団であったが、その協力なリーダーシップ故に短命に終わった秦帝国を反面教師にして、強大な権力を持たない「表の顔」をたてて、婚姻関係と孫子顔負けの諜報力で、権力を維持し続ける策を練り続けた一族なのだろう。それが可能だったのは、日本列島が大陸とは海を隔てており略奪戦争から距離をおけたという地政学的な理由と、彼らを受け入れた縄文人の受け入れ体質があればこそではある。しかし、武力がものをいう時代のまっ最中にあって、武力を越えた力の原理を追求し続けてきた賀茂氏+秦氏=ヤタガラスの狡猾さは特筆に値するのではないか。
 
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