日本人と縄文体質
359533 日本の性文化史概観
 
匿名希望 20/08/23 PM09 【印刷用へ
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◇◇◇前書き◇◇◇


大和朝廷成立前後の古(いにしえ)の日本列島は、民族(部族)の坩堝(るつぼ)だった。

 古い時代に住み着いた在来部族と、後期に渡来した進入(流入)部族の生きる為の争い。

その手打ち式が天の岩戸の宴席、岩戸神楽だった。

 日向の地で決戦に破れ、高千穂の天岩戸で手打ちを行い、誓約(うけい)を持って、心身ともに和合する事で「両者統一に向かった」とするなら、ドラマチックではないか。

 異民族の王同士の結婚、これは民族の和解を意味し、双方が滅びないで済む究極の和解であり、民族同化の象徴である。

この誓約(うけい)の概念が、実はその後の二千年の永きに渡り、日本の民の形成に大きな影響を与えて行くのだが、それはこの物語で追々記述する事になる。


種の保存の為の性交に於ける快楽は、生物学的な自然の恵みである。

 故に性行為は、自分が楽しむものであり相手を楽しませるもので、人間誰しも、楽しみを与えてくれる相手には優しく成れ、信じられる。

つまり和解の性交は争いから信頼に変える手段で、それがこの国に古くから伝わる誓約(うけい)の根本精神である。


 何時(いつ)もと違うルートの道を歩けば新しい発見があり、違う視点から物事を見れば新しい発想が湧いて出る。

大和民族(ヤマト民族/日本人)の成立過程を調べて見ると、様々な規範に縛られた現代の日本人よりも古(いにしえ)の原日本人(非氏族)の知恵は遥かに自然体(ナチュラル)だった事に気付かされる。

 共産主義は既に行き詰まり、弱肉強食の資本主義の限界も近い今日、古(いにしえ)の日本人が実践していた争い回避の知恵が在った。

 世界に誇るべき、二千年に及ぶ日本の農・魚民の性文化(共生村社会/きょうせいむらしゃかい)の「共生主義」は、見直すべき最も自然体(ナチュラル)な人間の生き方かも知れない。

つまり原理原則的に言わせれば、原日本人(非氏族)の歴史的な「共生」と言う生き方こそ、世界が学ぶべき平和の知恵ではないだろうか?


 東アジアの遊牧民は、長旅をする遠来の客を「大事にもてなす習慣」が在った。

 驚いた事に、客人に愛妻を「一晩差し出す習慣(「夜伽(よとぎ)歓待」の「マレビト習慣」)まで在った」と言う。

 「そんな馬鹿な」とは言って欲しくない。

 広大な台地を行き来して生活する彼らにとって、出会いに対する選択は二つしかない。

つまり、争うか歓迎するかのどちらかなのである。

それは、いつどんな相手に遭遇しないとも限らない条件下に在って、互いに平和を維持する為の究極の知恵である。

また、遊牧民には経験学的な生殖学の経験・近親婚に拠る劣勢遺伝の現実が存在し、部族や村の維持の為に新たなる子種を得る「性的夜伽(よとぎ)歓待」は必要だった。

この「遠来の客を大事にもてなす習慣」の和合精神、時代の経過と伴に大分変則的に変化しているが、遊牧民の末裔トルコ民族のベリーダンス(回教国なのに、女性ダンサーの露出度が高い)や、中国(漢民族を含む)人の来客もてなし時の「面子(めんつ/恥をかかない接待)」にも、その影響として残っている。

(中略)

この事は、古代日本列島に発生した「誓約(うけい)」と言う民族融合の知恵と、ある種共通する精神と言える部分がある。

そして誓約(うけい)の精神こそ民族和合と言う最大の政(祭り)事であり、シャーマニズムに満ちた神楽舞の真髄なのではないだろうか。


弥生時代、日本列島は様々な異民族(異部族)が小国を創って割拠する人種の坩堝(るつぼ)で争いの地だった。

 元々「日本の神話信仰」の根幹を為すのは、争いを回避する為の異民族(異部族)同士の性交に拠る平和的和合(統合)であり、出来た子の代は異民族(異部族)混血の同一族である。

つまり論理的に有効な手段として、祭り(祀り)事は政(マツリゴト・政治)であると同時に政治は性事で、誓約(うけい)の性交は神聖な神事(マツリゴト・政治)である。

 従って初期の神殿(神社)で執り行われた神事が性交そのもので在っても不思議は無く、その痕跡が現代でも垣間見られて当たり前で在る。

 為に神殿(神社)性交は異民族(異部族)和合の神事で、これを「現代の性規範で否定しよう」と無茶なこじつけをするから理解がされないのである。

 自らの間違った正義感を満足させる為に、史実を「世間受けが良い適当な綺麗事」にしてしまう輩(やから)こそ「薄汚い精神の持ち主」と知るべきである。


 幕末の日本を訪れた全ての外国人が日本人を見て驚いた事は、日本人がおしなべて「愉快そうに暮らして居た事だ」と言う。

つまり外国人が驚いたのは、屈託無い笑顔がこぼれる日本人の暮らし方だった。

この外国人が驚いた「愉快そうに暮らす日本人」の根底に在ったものは、町場の町役人を頂点とする運命共同体的近所付き合いの町人生活と村落部の夜這い村落共同体村人生活が、結構生活し易いものだったからに他ならない。

このおおらかな生活習俗の原点が、遥か遠い「夜這いのルーツ」の国々から中華帝国を経由して我が国日本に伝播したものである。

(以下略)
 
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