西欧科学は狂っている
35730 ”勘”は科学では無いのだろうか?
 
三宅秀和 ( 20代 大阪 設計 ) 02/07/10 AM03 【印刷用へ
自身や、身近な人の行動を観察しても良い。あるいは、実現論のように、通史的に見ても良い。生物の「行動」には、必ず「試行錯誤」というプロセスがある。
そして、「試行錯誤というプロセスがごく自然に存在すること」は、文字通り万人が認めるところであると思う。この「試行錯誤というプロセス」を少し考えてみたい。

「試行錯誤」とは、単純には、
【誘発要因】→【方針化】→【行動=結果】→【総括】
という一連のサイクルが、無意識のものも含め、繰り返されることによって、行動が高度化されていく運動である、と考えられる。

注目したいのは、その第一段階である【誘発要因】→【方針化】の間に何が含まれるのか、と言う点である。

「試行錯誤」が行われるのは、主体が未明課題に直面している場面であるはずなので、その時点において、主体は「【方針化】の手がかり」を持っていない。
即ち、「あらゆる方針が選択可能であるが、それらの結果を想定することはできない」という状況だと思う。

そういった状況の中で、主体は、記憶にある過去の行動事例等を、未明課題の「近似例」と想定したりしながら、徐々に「【方針化】の手がかり」を得ていくのだろうが、それらは「近似例」に過ぎないのだから、当然、当該行動の結果を約束するものとはなり得ない。

故に、《方針の検討》という段階が要請される。「選択可能なあらゆる方針」から、「有効と思しき物を洗い出す」プロセスである。

この段階では、「当該課題と近似例が、どのように近似し、またどのように異なるのか」ということを詳細に検討することになるだろう。このプロセスにおいては、異なる2つの対象(当該課題と近似例)を、それぞれ分節/差異化する作業と、分節された諸々の要素を再グループ化する作業が行われる。そのような作業の結果として、「当該課題により近い近似例」が抜き出されていくと同時に、当該課題が構造化され、「当該課題のどこが既知であり、また未明なのか?」という点も明らかにされる。

このような《方針の検討》の後に、「実際に方針を決定する」というプロセスが来るが、このときの「決定の決め手」が、よくわからない。

仮に、《方針の検討》を、完璧な精度で行い得たとしても、結果として、最終的に未明点が残ったのであれば、それはもはや論理的には分析不可能なものとなっているはずである。(逆に、未明点が消滅したのであれば、それは既に「試行錯誤」ではない)

そのような状況において、「決定の決め手」は、どのような形で見出されるのだろうか?

ひとつ素朴に考えられるのが、”勘”である。そして、不思議なことに、一般的に”勘”は、非科学的なもの、として考えられている。

科学とは、”思考の方法論のひとつ”であると思うのだが、そこには”勘”は含まれていないのだろうか?であるとするならば、《方針の検討》の後に残った最終的な未明課題に対し、科学はどのように「決定の決め手」を提出するのだろうか?「科学」は「試行錯誤」しないのだろうか?”勘”は科学では無いのだろうか?
 
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