市場は環境を守れない、社会を統合できない
354020 貴族のような生活なのに幸せでない現代人の闇
 
大崎 ( 26 千葉 会社員 ) 20/02/24 PM09 【印刷用へ
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私が子どもの頃、コンビニエンスストアなどはまだ周囲に見当たりませんでした。当時は24時間やっているお店などどこにもなかったし、正月になるとどの店も閉まっていて、買い物も満足にできない状態でした。

それに比べると今はちょっとした街中なら200メートルおきぐらいにコンビニがあり、24時間年中無休で営業しています。これだけのサービスが日本全国あまねく行き渡っている時代というのは、過去どの時代にもなかったことは確かでしょう。そんな飽和した成熟社会を生きている私たちの生活水準、生活の便利度は、かつての王侯貴族と変わらないか、それ以上だと評する人もいます。

考えれば考えるほど、実に便利な時代、豊かな時代に私たちは暮らしているのです。そんな豊かさに囲まれているのに、幸福度はそれほど高いとは感じられません。これはいったいなぜなのでしょうか?

■常に不安感、孤独感に襲われている
「不安」という心理は、私たちが考える以上に影響が大きいものです。芥川龍之介は「漠然とした不安」から自殺しましたが、中世的な神の世界から離れた近代人にとって、孤独と不安は常に付きまとう影のような存在になりました。

どんなに物質的な豊かさに囲まれていたとしても、「孤独感」や「不安感」に常に襲われている状態では、人間は幸福を感じることは難しいでしょう。幸福感は、不安感との兼ね合いで大きく左右されます。「今のままで老後は大丈夫なのか?」という将来に対する不安感、周りは豊かだけれど、自分はそれに比べてお金がないとか、学歴やキャリアがないという劣等コンプレックス……。

こうした不安は、幸福感を相殺する原因であると同時に、さまざまな行動のモチベーションにもなります。不安から解放されようとして、人はさまざまな行動に走るのです。

■前のめりな生き方はメンタルを病む危険が
情報感度の高い人ほど、世の中の動きに乗り遅れると大変なことになると危惧し、知らないうちに流行やコマーシャリズムに乗せられてしまいます。

本当は他者の思惑に乗せられているのですが、そういう人に限って自分で選択した行動だと思い込んでいる節があります。そして何でも先取りしている自分に満足していたりします。主体性があるようでない。能動的に活動しているようで、実は受動的。

私はこれを「前のめりな生き方」と称しているのですが、情報社会の中で何かに突き動かされるようにして前に前にと進んでいく。常に前傾姿勢で進み、倒れる前に足が出る感じ。そのままどんどん加速して、脇目もふらずに突き進んでいくイメージです。

そういう人はどうなるか?スピードが加速度的に上がっていき、最後は次の足が出るのが間に合わず倒れてしまうか、あるいは何か障害物にぶつかってしまう。つまり挫折したり、メンタルを病み、自滅してしまう。そんな人が少なくないように思います。

私は、「立ち止まることができる力こそ教養である」と考えます。前のめりに突き進むのではなく、周囲の人たちが、社会が前のめりになって1つの方向に突き進んでいる時、「ちょっと待てよ」とか「あれ? おかしいぞ」と立ち止まることができるか?

このようなことも、「前のめり」になっているとよくわからないと思います。テレビ番組などで有名な評論家が、「これからは自己責任の時代であり、努力しない人は社会から落ちこぼれても仕方がない」などと解説していると、なるほど社会の流れに振り落とされないようにとがむしゃらに頑張ってしまう。

しかし、世の中で言われていることが本当に正しいかどうかはわかりません。むしろいろんな思惑の中で、ある一部の人間たちにとって都合のいい論理が先行していることも多いのです。

言葉は悪いのですが、少し不真面目に、斜に構えてものを見るくらいでちょうどよいかもしれません。ただし、本当に斜に構えてしまうと、斜めから物事を見続けているうちに、見方が歪んでしまうということもあるでしょう。

そこで「人よりも半歩遅れて進む」という考え方をお勧めします。詳しくは拙著『メンタルの強化書』に書きましたが、世の中の流れと一緒になって、前のめりに進むのではなく、あえて「半歩遅れて」物事を見るのです。

少し引いて物事を見ることができますから、全体像がよりはっきりとわかります。そうやって少し時間を稼いで判断する。テンポの速い時代はそれくらいがちょうどいいのです。「前のめり」でがむしゃらに頑張っても、気がつくと誰かの思惑に都合よく踊らされている可能性もあります。そして知らずのうちに心身ともに疲弊してしまうのです。
 
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