社員の活力を引き上げるには?
353918 【追悼】初公開、野村克也元監督が語る「リーダーへの4つの教え」〜(2)
 
津田大照 ( 42 愛媛 現場監理 ) 20/02/20 PM07 【印刷用へ
〇 人間学のない人にリーダーの資格なし

 リーダーにとって人間学を学ぶことは大切なことです。人間学のない人はリーダーの資格がないと言っていいでしょう。人間学のない野球監督が結果至上主義に突っ走れば、根性野球になってしまう。

 例えば人の見極め方です。

 キャッチャー、ピッチャー、外野手、内野手の適材適所について、僕は選手たちの何げないしぐさを見ているんです。

 キャッチャーに向いていないのはどういう人物か。

 壁に飾ってある額が曲がっていても気にならない奴、ゴミが落ちていても拾わない奴ですよ。

 だから僕は選手が歩いてくるときにわざとボールを置いておくんです。拾うかどうかね。ボールなんかが置いてあったら転んで捻挫しかねません。キャッチャーに向いている人であれば、すぐに気付いて拾いますよ。他にもいろいろなところに気配り、目配りできる人でないとキャッチャーは務まりません。

 それとは逆に、ピッチャーは細かいことに気を遣う人は駄目です。

「俺の球は打てねえだろう」という人が望ましいので、自己顕示欲が旺盛で、あまり小さいことにこだわらない人が向いています。

 外野手は「この辺を守っていればいいのかな」と、あまり考えることなく、のんびりした人が向いている。だから監督には向いていないでしょうね。実際、外野手出身の監督で優勝したチームはあまりないでしょ。

 監督で一番多いのは内野手の出身者です。まあポジションが4つありますからね。でも、一番勝率が良い監督はキャッチャー出身者です。監督の分身として試合全体を見ているので、現役時代から監督に一番近いところにいる。だから監督になっても慌てないんです。

〇 人生の価値を決めるのは他人からの評価

 先ほど、監督業は人作りだと言いましたが、人を育てる上でも、人間学は大切です。

 仕事にはその人の人間性や考えが出る。つまり、人間性と仕事は連動しています。

 したがって、人間的成長なくして仕事の成長はないし、技術的な進歩もありません。だから、監督は選手に対して野球だけを教えても駄目なのです。

 人間学とは言いましたが、難しいことではありません。たとえば「礼に始まり礼に終わる」といった当たり前のことを当たり前に行わせるのです。

 僕は礼儀にはうるさいです。

 選手たちの挨拶は学生時代から「うーす」ですけど、僕は許しません。社会人であれば上司への挨拶は「おはようございます」です。

 そもそも「挨拶」の「挨」は開く、「拶」は迫るという意味があります。心を開いて相手に迫るということですね。「うーす」で心開く人がいるか、と叱りますよ。

 他の監督は知らないけど、僕はずっとこのやり方です。特に野球は団体競技だから、秩序やルールの感覚は大事です。茶髪やヒゲは禁止です。

「見てみ、少年犯罪で捕まっている多くが茶髪だぞ。オマエらの精神構造はそれと同じなのか。そんなことに費やす神経があったら野球に費やせ」とね。個性というのは周囲の人たちが評価して初めて個性です。「個性と流行を勘違いするな」ということですよ。

 まあ、ヤクルトでも阪神でも僕が監督を辞めたとたんに、何人もの選手が茶髪にしましたけど…。

 しかし、こんな当たり前のことすらできない選手が多い。それでは人間的な成長は望めません。だから監督の役割の一つは、こうした当たり前のことを選手に気付かせることです。

 そのためにどうするかというと、選手にいったん、野球と連動している別のことを考えさせるんです。

「人生は自分が主役で生きているでしょ」「じゃあ、なぜ人は生まれてくると思う?」「おまえは何しに生まれてきたと思う?」と考えさせる。

 選手の多くはそんなことは1回も真剣に考えたことがない。だから僕は1年に2回考えさせるんですよ。

 こうした問いに対し、僕自身はこんな風に考えています。

 人は生きるため、存在するために生まれてくる。そして人は人生を通して自らの価値と存在感を高めていかねばならない。

 しかし、人の価値というのは自分では正しく測れません。他人からの評価こそが正しいのです。したがって、人生の価値というのは他人からの評価に始まり終わると思っているんです。
 
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