人類の起源と人類の拡散
352772 ジャワ原人は、少なくとも10万年〜7.4万年前には、スンダランドからサフルランドへ移動できる航海技術を獲得していた。
 
麻丘東出 20/01/13 AM09 【印刷用へ
12万年前の最終間氷期から海面は上下を繰り返しながらも低下し続けた。
7万年前〜1.4万年前のヴェルム氷河期で最も寒冷化の強かった2万〜1.8万年前には最大−150m、それ以外では9.2万年前、7万年前、5.5万年前、3.5万年前に−50〜−100m。

この海退によって、インドシナ半島からジャワ、ボルネオ、スマトラがマレー半島につながり、カリマンタン島を含む大きな大陸棚(「スンダ・ランド」)が形成される。
また、ニューギニアとオーストラリアが陸続きとなる大陸棚(「サフル・ランド」)が形成される。
ただし、ウォーレス線(リンク)を挟み島々が点在するスンダランドとサフルランドの中間海域のモルッカ海、セラム海、バソダ海、プロレス海は水深が深く、−50〜−100mの海退では現在の諸島展開とほとんど変わらない。
そのため、大きく海面が下がっても、スンダランドからサフルランドのオーストラリアに移動するには、長距離の海を渡る船と航海技術が必要となる。

およそ120万年前に登場したとされる、海岸沿いの温暖湿潤な気候のインドネシアのジャワ原人(ホモ・エレクトス)は、沿岸環境適応で漁労生産へと転換していくなかで、水上移動の技術を高度化させていったと考えられる。

オーストラリア各地で、今から4万〜5万年前の遺跡が多く見つかっており、東南部のウィランドラ湖地方からは150をこえる更新世代の人骨が見つかっている。なかでも「マンゴ湖人骨」は4万年前という年代が確実視されている。
最新の年代測定結果から、オーストラリアには、少なくとも6万年前頃から人類が住み着いていたと考えられている。
このことから、ジャワ原人は、少なくとも6万年前より以前に、新たな沿岸資源を目指していくうちに、スンダランドとサフルランドの中間海域の島々を渡りながらオーストラリアまでの長距離を移動できる航海技術を獲得していたと考えられる。

また、7.4万年前のインドネシア・スマトラのトバ・カルデラの超巨大な火山噴火(火山噴出量2800Km3)の際に、オーストラリアに避難して移動した可能性はある。
それでも、いきなり複数の男女を乗せて長距離の海上移動はできないので、それ以前に移動できる海洋技術を獲得していたことが前提になる。
その際の航海は、複数の成人男女と子供を輸送しえる最低の安定性と耐久性を持つ必要があるため、竹や木材を繋げた“イカダ”利用の可能性が高い。航行技術は、水流にまかせるだけでなく、櫂(かい)や竿(さお)による制御は存在したであろう。
ただ、イカダは耐久性を持つとはいえ基本的には河川や内陸静止水面用であり、沿岸環境適応で海上移動の技術手段を持っていたとしても、それはあくまでも沿岸沿いの移動である。海の向こうに陸・山などの対象物が見えない海上で天空を読んだ方位確定や、風力を制御して航行する帆走といった外洋航海技術まで獲得していたかは疑問である。
海流の強いオーストラリアへの海上移動は、スンダランドの原住地域から直接オーストラリア沿岸へ長距離航海では難しく、スンダランドとサフルランドの間に点在する島々を経由したと考えられる。

また、ジャワ原人は時代とともに脳容量を増大させ、最後期(5〜10万年前)には1200CCと現生人類(1300〜1400CC)の近くまでになっており、相当の観念機能を獲得していたと考えられる。(352340

ジャワ原人が(島々を渡りながらも)長距離の航海技術を獲得した時期は、火山爆発が起こる7.4万年前より以前で、大規模火山爆発という突発の緊急避難に適応できる水準とすれば、約10万年前頃には獲得していたと考えられる。


※参考
「先史 ・歴史 : オーストラリアへの道」 著 堀江保範、小山 修三
国立民族学博物館研究報告別冊 巻015 1991-12-13
 
  List
  この記事は 314292 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_352772
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
海洋シリーズ第4回〜現在知られている編み方の殆どが、7500年前には成立していた(それも漁労から派生) 「縄文と古代文明を探求しよう!」 20/02/16 PM10
スンダランドから日本へ。ジャワ原人→スンダランド人(新人)→港川人→縄文人→日本人 「縄文と古代文明を探求しよう!」 20/01/25 AM00
352773 ジャワ原人の航海技術の獲得は、10万年前どころではない、もっと古い時代か? 麻丘東出 20/01/13 AM10

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp