共認心理学:現代の精神病理
351697 自己肯定感という「閉じた世界」からの脱出
 
望月宏洋 ( 28 会社員 ) 19/12/07 AM10 【印刷用へ
以下、リンク より引用
>「自己肯定感」というワード
近年よく使われるようになったもうひとつの言葉である「自己肯定感」に対しては、どうしようもない嫌悪感と反発をおぼえます。

もともとこの言葉は1994年に臨床心理学者の高垣忠一郎が提唱したものだといわれます。当初は教育現場で子どもたちが自分を肯定できるようにとの願いを込めた言葉だったようです。

言葉の流行や広がりは、使う側の欲望や期待・願望によって、創始された当初の意味から大きく変わっていくのが常でしょう。

その2年後にあたる1996年に「アダルト・チルドレン」に関する著書を出版してから、その言葉の意味がどのように拡大解釈されて、意味がねじ曲げられて伝播したかを当事者として経験したので、自己肯定感という言葉にもたぶん同じようなことが起きているだろうと想像できます。

誕生から25年が過ぎて、現在この言葉がどのように使われているか、どうやって、ときに人々を強迫する言葉へと変貌してきたかについて述べましょう。

>自己啓発のキャッチフレーズ
そもそも自己否定ってそんなに悪いことなのでしょうか。そう言うと驚く人もいるでしょう。ちょっと古い話になりますが、私たち団塊世代が学生時代の1960年代末には、「自己否定」は成長していくためには必要不可欠な作業でした。

マルクス主義や弁証法という言葉は日常用語でしたし、否定を意味する「アンチテーゼ」という思考法は、統合に向けての一段階でした。弁証法は、当たり前と思っていた内的世界・思考をいったん否定する、そのことで新しい世界観や思考が生まれるという段階説をとっています。

だから自己否定なくして成長なしというのが常識だったのです。少なくとも1980年代までは、「自己否定」は思考的タフネスと論理性を裏付ける言葉でした。

1990年代に入って「ネアカ」「ネクラ」という言葉が流行し、ネクラはいけないことのように言われるようになりました。カウンセリングで出会った、19歳でアルコール依存症になった女性は、なぜ酒を飲むのかと聞かれたときに「ネクラな私が酒を飲むとネアカになれるから」と語ったのです。この言葉は衝撃でした。

おそらく彼女の発言は、対人関係におけるコミュニケーションが個人の価値を決める時代の先駆けを示す象徴だったと思います。彼女はネアカであることを維持するために飲酒をし、バッグにウイスキーのポケット瓶をしのばせていたのです。

個人の価値の重心が、悩み苦しむことよりも、明るく元気にふるまうことへと移動したことを表しています。

現在に至るまで、自己啓発本は多数発刊されていますが、近年のビジネス書を始めとする自己啓発本の多くは、「自己肯定感を高める」「レジリエンスを高める」といった、心理学用語で溢れています。

どのようなキャッチフレーズが登場したかを振り返ってみると、「自分を愛せなければ他人を愛せない」「あなたが自分を好きでなければ他人に愛されるわけがない」「自分を愛せるように」「自己肯定感を高めるための法則」「自己肯定感の低いあなたに足りないもの」などなどです。

共通点は、多様な説明や切り口があるにもかかわらず、最終的には自分で自分をどうにかできる、しなければならないという考えに帰着することです。

一見、自分は自分次第という希望を与えるように思えますが、最後は自分しかいないというどん詰まりの考え方ではないでしょうか。まさにこれこそが、自己選択・自己責任の罠なのです。

>自己肯定感という「閉じた世界」から脱出する
自分で自分を愛することも、自分で自分を肯定することも放棄したほうがいいと思います。私たちは、他者から肯定され愛されることで生きていけるのではないでしょうか。

他者には、もちろん家族も含まれます。パートナー(配偶者)から「よくやってるね」と勇気づけられたり、子どもから「ママ(パパ)好きだよ」と言われたりすることで、私たちは力と生きるエネルギーをもらいます。

子どもが安心感を得ていると感じることで、親も安心感をもらうのです。子育て中の人たちが、多くそのことを経験すると思いますが、それこそが大切なのです。

自分で自分を好きになる、自己肯定感の高い低いに一喜一憂する、そんな閉じた世界は私たちを窒息させるだけだと思います。それは評価や査定につながり、子育てを息苦しくしてしまうのではないでしょうか。

他者というくくりから離れますが、絵画や音楽といった芸術、そして読書も多くを与えてくれます。本を読むことで苦しみが増すこともあるかもしれません。芥川龍之介や三島由紀夫の最期を知れば、読書だけが救いではないと思われるかもしれません。

しかし目の前の世界以外にもっと広がる空間、そして時空を超える世界の存在を示してくれるのは、芸術であり、多くの書物という存在でしょう。文字をとおして広がる世界の中に自分を置く、想像力をはばたかせることで、ちっぽけな、無力な自分を知ることができます。

それは、逆に膨大な過去と地球の裏側まで広がる世界、遠いまだ見ぬ世界の中に自分を位置づけることを意味します。こうやって私たちは、「自分で自分を愛する」「自己肯定感を高める」という閉じた世界から脱出できるのです。
 
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