実現論を塗り重ねてゆく
3495 「科学的事実」というドグマ
 
玉川泰行 ( 39 大阪 システム設計 ) 01/04/21 PM08 【印刷用へ
>科学というのは、実際の実験・観察データを元にしてしか語れない、語ってはいけないものであり、非常に厳密なものです。その根本は懐疑主義であり、疑って疑って、それでも疑って、最後にどう考えても疑い切れぬ残ったものを、科学的事実とみなします。そうした目でみたとき、実現論の内容はかなり問題があるのではないか、というのが正直な感想です。<

 私は、理論とか観念はあくまでも現実の課題に応えるためにあると考えています。だから、現実の問題に関わらないような議論には興味はありません。

 そして現在、人類にとっての最大の課題は、「この行き詰まった現実をどうすべきか」を考えることだと思います。
 そのためには、使えるものは総動員して可能性を探る必要があります。

 「実験・観察のデータを元にしてしか語れない」というのであれば、社会や歴史、進化について考えることは出来ません。
 また研究室では全く同じ自然は再現出来ません。あくまで、人工的な限定付きの事実でしかありません。「非常に厳密な」「科学的事実」なるものは、じつは非現実空間での「特殊限定事実」に過ぎないのです。
 さらに、実験できない私のような普通に働いている人は発言できないことになります。

 それは学者という特権的な身分を守るためのドグマに過ぎないのではないでしょうか。
 しかも、現在の学者たちが「考えることを職業とする特権階級」にありながら、実証主義を言い訳にして、「現実のこの差し迫った問題」を考えないでいるとしたら、おかしいのではないでしょうか。
 常識的に言って、普通の人は日々の仕事を通して社会や周りの人々の役に立っています。仕事とはそういうものであったはずです。
 彼らは何のために、研究をしているのでしょうか。

 現実の問題を乗り越えるために、人類や人類社会の成立の構造の解明が必要です。
 今必要なものは「厳密な科学的事実」ではなく、論理整合性によって、全体を説明できる理論なのです。
 そして、実現論は、私たちが知りうる限りの事実に立脚してそれを構築しようとしています。

 確かに実現論は私たちの現在の常識から見ると新奇に見えることも多いです。しかし、具体的な指摘を行わないまま、詰まらない理屈をつけて、中身のない抽象的な批判を繰り返すだけでは、現実の問題から遠ざかるばかりではないでしょうか。

 現状が差し迫っており、既存の常識を疑うことが必要な状況であることに同意いただけるのなら、やはり具体的な事実をもって一つずつ指摘して頂けたらと思います。

 私たちは、学者のように特権的な身分でもって、観念遊びをしているのではありません。現実を生きるために考えているのです。そのことを忘れないで下さい。

 
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