日本人の起源(縄文・弥生・大和)
347657 藤ノ木古墳より出土されたとんでもない副葬品から古代大陸、百済と倭国の関係を論じる
 
山越清 ( 34 中国 社員 ) 19/07/16 AM00 【印刷用へ
埋葬者が古代倭国統治階級関係者とされる奈良藤ノ木古墳より器用な副葬品が沢山、出土されました。その中には特に気になった副葬品はある馬金具のことです。馬金具は他の日本列島の古墳より沢山出てきたので、何か特別なものでしょうか? そうです!その通りでした。この馬金具はすごく貴重で、すばらしい宝物です。
この馬金具の文様は舌を出している獅子模様の動物があることに驚きました。神戸山手大学の河上邦彦教授の研究・調査によると、このすばらしい馬金具は朝鮮半島で作られたもののようです。また、舌出し獅子の模様は誰のシンボルかというと、なんと中国南朝梁の皇室のものだそうです。南朝梁は中国史上短命な王朝ですが、文化的には特に仏教には熱心な時代でした。
今まで、皇帝を含む皇室メンバーのお墓が発見、発掘されたことが非常に稀なことですが、現在、発見された梁朝皇室メンバーの陵の墓道の両側で立ち並んでいる石像には舌出し獅子がありました。それで、非常におかしいことが出てきます、なぜ、梁統治者のシンボルが遠い日本に存在したのでしょうか?

確かに梁建国初期には倭国の倭五王の武に対して、一度、冊封(中国古代は周辺政権に対して、自分の勢力範囲にある、自国と同盟関係にあるための朝貢制度)したことがあるが、それ以降、梁の対外的な影響力が衰える中に、記録には倭国との国交や民間的な交流が余りにも見られませんでした。この疑問を解ける鍵は前文で述べた話にヒントがあると思います。
前文でこの馬金具は朝鮮半島で作られたようですと神戸山手大学の河上邦彦教授に指摘がありました。確かに当時の梁は北朝の軍事的な侵略と脅威によってその国土や影響力がますます衰えていく一方ですが、朝鮮半島、特に百済とは同盟に近いほど、緊密な関係を保っていたことがわかりました。
百済は何度も北方強敵の高句麗に振り回されて、亡国の崖縁に臨んでいました。ようやく、日本で生まれた武寧王が百済に戻って王の座についてから、同じように北方強敵に脅威されている南朝梁と同盟関係を結んで、高句麗との幾たびの戦いに勝利を抑えた背景があります。
また、後に百済王になる武寧王の息子聖王(日本では聖明王と呼ばれる)は梁朝初代建国皇帝のために首都で大通寺を作ったほど、梁との関係が親しかったのです。梁朝は短命な王朝にも係らず、文化や仏教建設には非常に熱心な皇帝たちは仏教関係者、大工、画師、儒教者など沢山の技術者を百済に派遣したのです。

1971年韓国宋山里古墳群で、武寧王嶋君(斯摩王)の王陵が発見し、発掘調査されました。この王陵の作り方及びスタイルは典型的な中国南朝のものです。古墳には武寧王が梁の冊封を受けた証拠となった“東寧大将軍”との文字が刻まれた印章が発見された他、近年の考古調査の推進で、武寧王陵のレンガには“梁官瓦師”との銘文が発見されました。つまり、武寧王陵の建造者には中国南朝梁の官僚機構に所属された職人が参加していたことを物語っています。それで読者の方々が疑問を持つようになります。あんたはこんなに中国南朝と百済の話を分析して、日本や、藤ノ木古墳とは何か関係あるのですか?脱線してんじゃねよと文句をいうかもしれません。
で、百済と日本の関係は南朝梁と同じように、いや!もっともっとそれ以上緊密な関係が持つ事は、日本書記、古事記が沢山百済ゆかりの記事と人物が記されたことより伺えるでしょう。武寧王は明仁天皇が日韓ワールドカップを機に、自分が武寧王の末裔で朝鮮半島にゆかりを感じたとの発言に出た人物です。武寧王の古墳より出土された金冠の両側に挿された鳥翼のような飾り物は倭国の統治者にも使われたものとされています。また武寧王夫婦の死骸を納める棺の木材は日本近畿南部にしか自生しない高野槇だと判明しました。これは生前、日本から贈られたものだと考えられます。

余談ですが、武寧王が40代まで日本に育てられたことで、近畿南部に生きていたのでは?武寧王の末裔が高野新笠ですので、高野(領有地?)と名づけられたのは、何か特別な意味を持ってるかはただの予想ですが、謎がいっぱいあります。
また、武寧王が日本書記の記載で日本加唐島で生まれたので、嶋君、或は斯麻王と名づけられたようです。またあの有名な和歌山県隅田八幡神社にある銅鏡銘文が記載されたように、503年、武寧王(斯麻)が継体(男弟王)大王の長寿のために銅鏡が百済より日本の王室に贈られたものです。こういうふうに百済と倭国の間には親交のために頻繁的に贈り物を交し合ったりしていたのです。
なので、藤ノ木古墳より出土された中国南朝風の馬金具が百済王室より贈られた可能性が非常に高いです。また、百済貴族が被っていた金冠には鳥翼象徴の飾り物や腹帯にある鳥象徴の飾り物など、鳥象徴のものが一杯あります。これは飛鳥、斑鳩、百舌鳥といった日本での地名や古墳名に何か影響があるのでしょうか?これらは間接的に百済の王室と倭国の皇室は親戚関係を裏付けるものでしょうか?数々の天皇陵の発掘が薦めれば、真相がきっと明らかになると思います。但し、宮内庁が禁じている限り、この真相の解明には永遠に地下に眠っていくでしょう。宮内庁がいったい何を恐れているのでしょうか?それも謎です。
 
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「鉄」を軸に古代史を読む〜鉄を運ぶために結束した倭人 「縄文と古代文明を探求しよう!」 19/07/20 PM03

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