古代社会
347367 四大文明は、すべて環境の悪化により発生し、環境の好転によって消滅した。
 
上前二郎 19/07/06 AM00 【印刷用へ
採集狩猟から農耕への変化は人類の英知かリンクから引用させていただきます。
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 メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明の共通する農耕は、まさしく農耕であり、水路を作り、平地を耕し、種蒔きし、農作物を収穫する、というもので、作物は、これは間違いなくどこもかも麦であるからして農法は同じとなる。
 これはけっこう大変な重労働となる。一番に水路づくりであるが、よくぞこんな重労働をしたものだ、と感心させられる。でも、麦を広い面積で大量に生産するには、そうした土木工事をせざるを得ない。(中略)
 耕すのも大変だ。もっとも、耕さずに種蒔きしても麦は収穫できるが、単位面積当たりの収穫量は大幅に落ちることとなる。苦労して作った水路だから、耕すという少々の手間は惜しむな、ということになる。して、その道具は、となると、時代は新石器時代であり、水路づくりもそうだが畑を耕す鍬も石器であり、作るのも大変だし、寿命もその後の時代に発明された鉄器に比べれば随分と落ちよう。
 加えて、麦穂を収穫するときの鎌も石器であり、運搬は人力。作業場での脱穀作業もむろん人力。そして1年に1作だから、1年分の籾を保管する倉庫も建設しておかねばならぬ。
(中略)
今度は調理にこれまた随分と苦労させられるのが穀物である。まず籾殻を外さねばならぬ。次にすり鉢で麦を粉にせねばならぬ。これに水を加えて練り、熱く焼いた石に貼り付けて焼き上げ、これでやっと「ナン」が出来上がるのだが、道具は石器か木器であり、燃料となる木や枯草・麦藁も随分と集めてこなければならない。このように調理も大変な重労働だ。
 生きるがための穀類栽培というものは、かように大変なことなのである。
(中略)
 一番最初に麦を粉にして焼いて食べたのが、2万3千年前のイスラエルでのことであるが、この時期は最後の氷期の真っただ中である。にわかには信じられないことであるが、一時的に多少暖かい時期が続いた後で急に寒くなり、食糧不足でやむなく面倒な調理を必要とする麦で食いつがなければならなかったのであろう。そのように考えるしかない。
 間氷期に入ってしばらくして、約9千年前から約2千7百年間続いた「ヒプシサーマル期」は顕著な地球温暖化を示し、あの広大なサハラ砂漠を一面の草原に変えもした。なんせ現在よりも気温は2、3度高くなって、降雨が広範囲に恵まれ、よって極氷もかなり解けて海水面は現在より2、3m高かったようである。これにより食糧資源は極めて豊富となり、人類にとってたぶん最初で最後の楽園であったことだろう。この間は、よほどのことがない限り、麦を栽培してナンを焼いて食べるなんてことはしなかったに違いない。
(中略)
 さて、人類にとっての楽園「ヒプシサーマル期」が終焉して地球は寒冷期に突入する。約6千3百年前(約5千年前とも言われる)のことである。
 こうなると食糧資源は貧相となり、再び面倒な調理をして麦を食べねばならなくなるし、栽培もせねばならないし、そして単位面積当たりの生産性を上げるために農耕も必要となり、ついには土木工事をして水路づくりも強いられることになっていくのである。
 これがはっきりした姿を示したのが世界四大古代文明の各地に共通した出来事である。ただし、寒冷化の影響は地域によって時期的な差があり、インダス文明はメソポタミア文明より少し遅れて始まった。

 これら古代文明が今日までずっと続いているかというと、さにあらず、である。いずれも約4千年前頃に衰退していくのである。もっとも顕著な例はインダス文明である。インダス文明はメソポタミア文明より少し遅れて始まったがゆえに、先行したメソポタミア文明を模倣して整然とした都市づくりが行われ、効率の良い農業も行われていたようである。それがあるときから衰退しはじめ、やがて消滅してしまったのである。
 その原因として、アーリヤ人が攻め入ってインダス文明を滅ぼしたと言われた時期があったが、彼らの侵入は約3千5百年前のことであり、インダス文明はその2、3百年前に消滅していることが判明したから、この説は間違いである。ついで登場したのが環境破壊説(森林の皆伐、開墾による土砂流出で不毛の地と化す)であるが、近年の考古学調査の結果、連綿と農耕文化が続いてきたことが明らかになってきており、これも間違いである。

 どうやら、これは、周辺の広大な地域が自然豊かとなり、狭い所に皆が集まってあくせく百姓仕事をしなくても容易に食糧が得られるようになって、多くの人々が都市を捨てたようなのである。
 このことについては、「四大文明は、すべて環境の悪化により発生し、環境の好転によって消滅した。古代人にとって、中央集権的な都市文明よりも地方分散的な農耕文化のほうが、魅力的だったのである。」と結論付けた、永井俊哉氏の論文「インダス文明はなぜ滅びたのか」「なぜ人類は都市文明を築いたのか」に詳しい。
 とんでもない異論に思われ、そんなことは信じられない、となってしまいそうだが、こうしたことは現に今の世界にもある。半分採集狩猟、半分農耕生活をしている文明から隔絶された部族社会にあっては、自然界の食糧資源が豊かになってくると農耕をしなくなるのである。
 
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