もはや学校は終っている
346812 内田樹氏の学校不要論〜「成績をつけない」教育のすすめ
 
田野健 HP ( 58 兵庫 設計業 ) 19/06/15 PM11 【印刷用へ
内田樹氏は書物や講演で度々現在の教育の問題を打ち出します。
いくつか視点が出ますが、学校の問題を以下のように打ち出しています。
2019年5月31日「英語教育について」の講演からの紹介です。
下記は英語教育の部分ではない論説ですが、生徒を勉強という道具で競争させる事で学びへの意欲はどんどん減退していくという部分、そして内田氏は成績をつけない教育をせよと提言している。そして学びを”学校で子どもたちが身に付けるべき能力は、学校を出てから役立つものでなければ意味がありません。”と明言している。

そのような能力が果たして社会から切り離された学校という空間で学べるのか、育つのか、そんな矛盾を敢えて提起しており、学校そのものが既に存在基盤を失っている。内田氏は教育者なので学校不要論は打ち出していないが、言っている中身は既に学校不要論だ。
リンクより抜粋します。

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われわれは子どもたちを格付けして資源分配をするために教育をしているのか、それとも子どもたち一人一人のうちの生きる知恵と力を育てるために教育しているのか、そんなことは考えるまでもないことです。そして、一人一人の生きる知恵と力を高めるためには他人と比べて優劣を論じることには何の意味もありません。まったく、何の意味もないのです。有害なだけです。でも、現在の学校教育ではそれができない。全級一斉で授業をするという縛りがありますから、一人一人をそれほど丹念に観察できないというのはわかります。でも、授業を子どもたちの査定や格付けのために行うことについてはもっと痛みを感じて欲しいと思います。それはほんとうは学校でやってはいけないことなんです。

いったいどうすればいいのか。僕からの提案はシンプルなんです。でも、これは無理だと皆さんは言うと思います。それは「成績をつけない」ということです。成績をつけない。生徒たちを格付けをしない。教えたいことがあるので教える。聞きたい人は聞いてくれ。そういう授業をする。そんなことをしたら管理職からも、親からも、生徒たち自身からも「止めてくれ」と言われると思いますけれど、日本の学校教育を蘇生させる道はそれしかないです。点数をつけない。成績をつけるのを止めれば、格付けによって資源を傾斜配分するというルールを止めれば、日本の子どもたちの学力は一気にV字回復します。それは断言してもいい。

 成績をつけ、格付をして、得点の高いものに報奨を与え、得点の低いものは処罰するというのは「微量の毒」のようなものなんです。毒もうまく使えば薬になるけれど、所詮は毒です。短期的に、一気に限界を超えさせるためには、格付けによる差別は有効です。でも、そういう無理は長続きするものじゃない。どこかで子どもたちの心身が壊れ始める。ほんとうに自己の知的限界を超えるためには、時間がかかるんです。教師は生徒たちの学びへの意欲が起動するまで、長い時間待たなければいけない。学びに促成栽培はあり得ないんです。
 同学齢集団の中で相対的な優劣を競わせるのは「促成栽培」です。農作物を育てる時に、農薬や肥料を大量に投与したり、人工的な環境で育てるのと同じです。すぐに効果は出るけれど、それはほんとうに力がついたわけじゃない。

 学校で子どもたちが身に付けるべき能力は、学校を出てから役立つものでなければ意味がありません。学校を出た後はすぐに年齢も違う、性別も違う、専門も違う人たちと共同的にかかわることになります。自分とものの考え方が違う人たちとのコラボレーションができなければ仕事になりません。同学齢集団内で相対的な優劣を競ってきた能力なんか、そういう場面では何の役にも立ちません。コラボレーションで必要なのは、汎用性の高い知的能力です。交渉力、調停力、胆力、共感力、想像力...そういうものです。

だから、学校教育の本旨はそういう汎用性の高い知的能力を育ててゆくことでなければならない。それが子どもたちに本当に必要な、生きる知恵と力なんです。そういう力を高めてゆくことが、子どもたちの市民的な成熟を支援するということです。同学齢集団内の相対的な優劣を競わせて、お互いの知性が活発化するのを邪魔し合ってゆけば、子どもたちの生きる知恵と力はどんどん減退してゆく。それは今の日本の現実を見ればわかるはずです。
 
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349603 内田樹氏の伝える教育論〜「もっと複雑になりなさい」「自分の心と直感に従う勇気を持つ」「自分のボイスを発見せよ」 田野健 19/09/23 AM10
348499 学校不要論 匿名希望 19/08/14 PM08

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