市場は環境を守れない、社会を統合できない
34307 市場が恐れる「判断の土俵」
 
田野健 HP ( 40 東京 監理 ) 02/06/22 AM00 【印刷用へ
>お金は専らその価値量=価格を表わすモノサシとして機能してきた。それこそが、お金の本来の機能であった。従って、お金の『必要か否か』のモノサシへの変質は、お金にとっては実に窮屈な、面白くない役回りを強要されるということである。 (四方氏33995

この面白くない役回りは、昨今の市場社会も混乱に陥れています。
物が売れなくなり、それでも購買意欲を掘り起こそうと極端な安売り現象が出たり、定価販売しかしないブランド品が飛ぶように売れたりと価格と全く関係ないところで市場が揺れ動いています。
このことは消費者の意識が変わってきていることを察知するマーケティングが、既に人数に誘導されていると言えるのでしょう。
今や市場は多くの幻想価値を加えるか、極端に安いという流通破壊を起こすかしか成立の基盤はありません。
現状、薄利多売で落ち着いている市場も、これからより明確になる消費者の「必要か否か」のフィルターにかかる時、その幻想化のベールは確実に剥ぎ取られていくと思います。

お金が人数の補助指標に転落した時、市場はその成立基盤(=利益)を失うことになります。「必要か否か」の土俵は、それだけでなく食料品を除く殆んどの商品が、今よりもっと売れなくなるという事態を生み出します。
商品価値は実質を伴った耐久性か意匠性といったものに移行し、市場自体が再構築されることになると思われます。

>この様にして、『判断の土俵』を基礎とし、『人数』を評価指標とする新しい演場の中に、国家(身分)も市場(お金)も呑み込まれ、解体され、再統合されてゆくことになる。(四方氏33995

お金を用いた「人数」を評価指標にする演場とは、生きていく為に”当然必要な”お金(=私権)の呪縛から我々の意識を開放するのです。
 
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