実現論を塗り重ねてゆく
34214 「判断保留」の詐欺
 
西谷文宏 ( 24 和歌山 建築設計 ) 02/06/21 AM01 【印刷用へ
「私は君の考え方には反対だ。だが君がそう考える自由はあくまで守る」

これは、18世紀フランスの哲学者、ヴォルテールの言葉だが、そこには「個人主義思想」の源泉を見ることができる。すなわち、思想や考えは個人の自由であって、(個人や集団の)賛成・反対に関わらず、どのようなものであっても”認める”と言う価値意識。「多様なる価値観を認める」と言うものだ。この言葉、一聞非常に魅力的に聴こえるのだが、実に危険な言葉であると思う

「多様なる価値観を認める」と言うのは、「正邪の判断を保留する」「必要か否かを問わない」に等しい。どのような価値観であっても(それがどれだけ倒錯していようとも)尊重すべきものであり、否定しないと言うことである。
これは、生物の根幹に備わっている生存機能を真っ向から否定している。
生物は、あらゆる圧力の中で生き残るために、全存在をかけて必要・不必要の判断をしている。判断の誤りは、淘汰されることを意味し、種の死滅を意味する。それゆえに「判断を保留する」ことなど有り得ないことである。

浅学な個人主義者は、生物が多様であるように、あらゆる思想・考えも尊重され多様である必要があると主張するが、これは完全に対象を見誤っている。生物は、圧力を生き抜いてきた先にこそ多様な形態を持っているのであって、彼らの言う「多様な価値観」は、何の圧力にもさらされていない。
生物の有り様を鑑みるのであれば、圧力の中にさらされてきた「必要か否か」の判断力こそを見るべきであり、そうであれば「多様な価値観を尊重する」という結論にはどのようにしても行き着かないはずだ

現代社会は、教育制度にも見られるように、「多様な価値観の尊重」と言う個人主義思想が広がっている。この判断保留の姿勢が、世の中に不必要なものをより増大させ、必要なものを見えにくくしているように思う。これは「物」に限ったことではなく、思想・運動にしても同様だろう。必要か否かの判断が下されることが無いゆえに、世の中には次々とチンケな運動(9050)や、わけのわからない思想が溢れ、より閉塞を招いている

「必要か否か」を問う、真っ当な場の圧力の高まりは、このような判断保留の姿勢≒個人主義を根本から崩していくように感じる。言葉を変えて言えば、「必要か否か」を問う土俵においては、個人主義など取るに足りない存在と成り果てると確信する
 
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