密室家庭と現代社会の関係について、次のようなことが言えるのではないでしょうか。
私権時代の家庭は独立家計制度(造語)を堅持してきましたが、私権時代の終焉及び高付加価値サービス普及を主な原因として、支出が収入を上回り、維持することが不可能になってきました。
私権時代は社会資本の充実・大量消費の普及を背景に、各家庭を核家族化させることによって、伸びてきました。社会資本というのは、公共事業に代表される、道路や水源や学校などの施設を指すのですが、家の数≒世帯の数に比例して、需要が多くなります。つまり、典型的には、建設業の伸長は、核家族化させることが必須条件でした。それによって、不必要な一般道を増やすなどして、自然を破壊しました。
大量消費というのは、ティッシュや光熱費といった日常的な物資・資源を非効率的に用いることを指す意味で使うと、核家族のほうが電灯の数が増えるのと同じように考えて、核家族化させることが必須条件でした。それによって、製造するための資源をえるために、自然を破壊しました。
高付加価値サービスというのは、携帯電話・介護福祉のように、一見必要なものが、本当の意味での意味を持たず、必要な形をとらずに、具現化したものです。もちろんすべての高付加価値サービスが間違っているというのではなく、見直すべきものが多いという意味です。それはともかくとして、核家族は世帯収入が少ないのですから、思い通りに手に入れることができないということです。手に入れるためには、言葉は汚いですが奴隷労働者・母親労働者・児童労働者を増やさなくてはなりません。
また、高付加価値サービスも、核家族化させておいたほうが儲かるわけですね。かぎっ子・一人暮らしの老人が多いほど需要が多いのですから。密室家庭の構成員としても、これらのサービスを利用しないと生活できないし、これらのサービスの育ての親の役割を果たしているのですから、まさに過保護→庇護関係→逆転といえるのではないでしょうか。 |
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