古代社会
341009 「記紀」によって捏造された歴史
 
北村浩司 ( 壮年 滋賀 広報 ) 18/11/21 AM01 【印刷用へ
日本書紀に記された日本古代史は中国側史料とほとんど一致せず、謎に満ちている。その原因の一つは、中国史書の場合とは異なり、王朝自身の手によってその歴史が書かれ、しかもその王朝が千数百年後の現在まで続いたことにある。そのため正史編纂時の王朝の利害が歴史的諸事実をすっかり歪曲してしまった。
例えばその代表的なものは、推古の実体は馬子であったこと、馬子→蝦夷→入鹿と三代続く蘇我王朝が存在したこと、したがって推古も聖徳太子も舒明も皇極も架空人物であり、日本書紀の万世一系は天智の次女の持統による捏造で、乙巳の政変で蘇我入鹿大王を暗殺することによって倭人の蘇我王朝の「倭国」を亡ぼし「日本」を建国したのは中大兄皇子すなわち天智なる百済の王子の翹岐(ぎょうき)だったことである。
「日本古代史の謎に迫る」 リンク より要約抜粋する。

○「記紀」の編纂目的 蘇我王朝の抹殺により万世一系神話を作り出すこと
古事記と日本書紀によって、日本の歴史(いわゆる正史)は捏造されたが、その目的は大きく二つある。
(A)百済王子の翹岐を万世一系化した倭人王朝の血筋の中に嵌め込むこと。
(B)架空の神功皇后三韓征伐による応神への三韓永久神授権の主張、
(A)は斉明天皇と天智天皇に関係し、(B)は神功皇后と応神天皇に関係する。この二組の母子を祭神としたのが百済の旧王宮跡に建てられた「扶余神宮」なので、「扶余神宮」はまさに日本書紀の真髄を表現したこの世に二つとない(伊勢神宮と並び得る)核心神社である。

 万世一系の方が天皇家の姓を隠すことができると同時に神聖化も絶対化もでき、いろんな意味で断然良い。それが「天孫万世一系」という着想となった。それは過去にさかのぼるほど史料も少なく記憶もだんだん曖昧になるのでやりやすく、多くは実在したかあるいは実在したかもしれない諸王朝間を都合のいいようにデフォルメしながら繋ぐだけで済む。必要なら架空の大王たちもうまく繰り入れる。しかし万世一系化するに際しては打倒した蘇我王朝に自分をつなぐわけにはゆかず、直前王朝だった蘇我王朝を抹消しなければならない。 蘇我王朝の抹消はなによりもその王朝を創始した太祖の馬子を消去することでなされる。太祖が存在しなければ王朝もない。その消去を行うのが推古紀なので、推古紀は万世一系化という偽史操作の肝心要の心柱なのである。その結果、そこに実に多くの重大な工作と細工が施された。 男王の馬子時代を女王の時代にする、隋を唐と混同する細工で隋書の存在を隠す、聖徳太子という架空人物の聖性と徳性であたかも偽りの歴史ではないかのように誤導する、馬子の業績を聖徳太子の功績に転嫁して太祖としての馬子の偉大さを削ぐ、この時代の大王が女王でなかったことを悟られまいと隋書の「日出處天子」を「東天皇」でごまかす、隋書にある「阿毎多利思北孤」が馬子の本名であることを隠し、阿毎多利思北孤大王を推古・太子・馬子に三分化して「大いなる偽史(嘘は大きいほど効く)」を展開する、隋からの国書を「遣唐使」の小野妹子が紛失したことにして蘇我王朝の実在を証明する文面の正史への転載義務から逃れる、などなどである。

 また天智にとっては赤の他人の天武も万世一系化のためには同じ血筋としなければならず、舒明と皇極を同父同母とする天智の弟とされた。天智に大友皇子という立派な息子がいる条件下では、少なくとも天智の「同父同母」の弟とするほかに天武を天智朝の皇太子(皇太弟)とする手立てがない。「同父異母」でも「異父同母」でも、手立てとしては成立しない。「同父同母の兄(天智)の娘を四人も弟(天武)が妻とする」というのにはさすがに大きな無理があったが、「同父同母」の兄弟とする以外に手立てがないので、しようがない。むろん天武が天智の娘四人を妻にしたことは、その後彼女たちの生んだ皇子皇女たちによる皇統関係が絡んでくるので、そこに改変の手を加えることはできなかった。

○出自の百済隠しと三韓(朝鮮半島)征伐の神話
万世一系化のためにはルーツである百済を隠さざるを得ず、「日本」独自の起源論として、国生み神話と天孫降臨が神代紀で創作された。これは天上起源論で朝鮮半島起源論を無化・否定するものである。(A)の流れの百済系王朝起源論を隠蔽するために百済系神話は非常に込み入った目立たないものとなり、神代紀の王朝起源神話は、その隠蔽目的で伽耶系の(B)の流れがいっそう強調された結果、伽耶系が高濃度で混合したものとなった

 記紀は持統の思惑による偽史であり、「日本書記」は本質的に「持統日本紀」なので、そこからこの「三韓永久神授」の考えのそもそもの発想者が持統本人であると分かる。天智の次女の百済人である持統には、煮えたぎる動機がある。唐新羅連合軍による白村江大敗で最終的に母国の百済は滅び、唐軍が半島から排除され、結局、三韓(朝鮮半島)は新羅のものとなった。持統にすれば、三韓は本来、新羅でなく百済の所有であるべきものだった。祖父の百済武王はそのために終生戦い続けたのだった。むろん百済の大敗における祖母(斉明)と父(天智)の恨みもなんとか晴らしたい。そこで本来は百済のものであるべき三韓を「もともと百済のものだった」とする架空報復劇を記紀で展開した。すでに百済は「在日百済」として「日本」となっているので、結局「三韓はもともと日本のものだった」という物語にすればいい。それが神功皇后三韓征伐と応神への三韓永久神授という物語となった。万世一系による同一王朝化によってのちの大王たちも応神の三韓神授権を代々永久に受け継いでいくことができる。架空の任那日本府経営論はその継続態である。
 そもそも「日本」という国名ですらずっと後に天智が作り出し持統が確定したものなので、「日本府」など存在する筈もない。しかしこうしたいきさつから日本書紀では神功皇后三韓征伐に続くものとして「任那日本府」関連の記述が延々と続くことになる

万世一系化工作で応神以来「三韓永久神授権」が代々譲り伝えられてきたように仕組んだのだから、後代に譲り伝えるべきものがあるとすれば、まずこれしかない。これは「いつかは永久に三韓を日本皇室のものにせよ」という後代の天皇たちへの持統の遺言なのだ。秀吉の朝鮮侵略はその試図であり、明治日本の朝鮮併合はその実現である
 
  List
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_341009
  ※トラックバックは承認制となっています。

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp