私権原理から共認原理への大転換
34079 『必要か否かの判断の土俵』が奴隷意識を解体する。
 
村上祥典 ( 40歳代 島根 電気設計 ) 02/06/19 PM11 【印刷用へ
『必要か否か』の判断によりずいぶんとスッキリした社会を創れるという期待感がある。

私権社会の中では、
>「私権だけが絶対的に必要」(従って、判断無用)という極めていびつな状態が作り出されてきた。<33995四方氏

この私権の強制圧力のもとで、ずいぶんと訳の分からない状態へと多くの人々が振り回されてきた。また、それを仕方のない当たり前のこととして、何も考えず生きて行くしかなかった。考えてもどうしようも無いこと、考えても無駄と、思考停止状態と奴隷意識へと人々を追いやってきた。

>つまり、『必要か否か』という最基底の、それゆえ真っ当でシンプルな『判断の土俵』(=新しい演場の基礎)が出来てくると、国家も市場も全面的にその土俵の上に乗らざるを得なくなり(∵逃げ道はない)、そこでの評価指標=身分もお金も『現実に必要か否か』を表わすモノサシに変質せざるを得なくなる。<同33995

『必要か否か』の判断の土俵は、まずはここに参加し、共に考え、思考停止状態から脱皮することから始まる。私権の強制圧力が衰弱した現在、何もこだわることなく『必要か否か』の判断で全てを見ることが可能となった。

潜在意識から出てくる『必要か否か』の判断により、「人々の心に残存する私権の強制圧力」と「判断不要のわけのわからない権力」や「幻想価値」は完全に解体され、思考の復活と共認により意識も再統合され、自ら活動することにより、奴隷意識から完全に開放される。


 
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