国家の支配構造と私権原理
334368 日本の諜報組織(忍者)の歴史
 
北村浩司 ( 壮年 滋賀 広報 ) 18/03/26 AM00 【印刷用へ
○諜報部隊(忍者)の起源
記録に残っている最も古い間者(スパイ)であり、後の諜報組織に繋がるとされているのが、甲賀馬杉の杉原斎入氏である。杉原氏は志能便(しのび)と呼ばれ、蘇我と物部の抗争の頃、聖徳太子の元で朝廷や物部氏の動向を探り蘇我氏を勝利に導いたとされる。この杉原斎入は大伴細入氏と同一人物であると言われている。
大伴氏は古代の有力豪族として、継体天皇を担ぎ上げた中心豪族であるが、物部氏によって失脚させられた。説話等によると大伴氏は高句麗系の可能性が高いリンク
大伴氏(杉原氏)は後に近江伴氏と改名し甲賀忍者の始祖とされているる。
この記録は、甲賀の地に諜報組織の元祖が既に存在したことを意味する。甲賀は現在も製薬業が盛んであるが、後の忍者の重要な素養として薬の知識(薬草や鉱物、薬と毒は一体であることから毒の知識でもある)があることなどから渡来人起源と見られ、除福ないしは秦氏の関連組織であった可能性が高い。彼等は失脚した大伴氏(の一部)を巻き込んだのではないだろうか?

他方伊賀忍者の起源もほぼ同時期といわれる。伊賀忍者の始祖は服部氏とされている。服部氏は、応神朝前後の渡来人といわれ元は「呉服部造氏」と名乗っていたようだ。『伊乱記』によれば、「しかれば、服部氏の祖というは酒ノ君なり」とあり酒の君とはおそらく、秦酒公をさすと思われる。
伊賀には、金属武器製造の技術集団である渡来人がいたことが、伊賀一宮(敢国神社、あえくにじんじゃ)の祭神(金山比命、かなやまひめのみこと、少彦名命、すくなひこなのみこと)が、渡来系の鉄の神であることから推測される。また鉄製造のためには高温の火が必要であり、それは忍者の狼煙、火術(木炭、硫黄、硝石などが原料の火薬使用、敵の城内で火を放つ術)とも関連していると思われる。

この時代(飛鳥時代)には斥候を「ウカミ」、偵察を「ウカミス」とする記述があり天武天皇が系統は不明だが「多胡弥」という忍びを使ったという記述などもあることから、激化する権力闘争の中で諜報組織がかなり活躍していたことが伺われる。

○修験道の登場
この甲賀・伊賀の諜報組織には修験道との関連、融合の要素が欠かせない。
600年代後半には、役小角(えんのおづぬ)が修験道を開祖する。役小角は三輪氏族に属する地祇系氏族で、加茂氏(賀茂氏)から出た氏族であることから、加茂役君(賀茂役君)とも呼ばれる。小角は葛城山、吉野熊野の山々で修行を積み、呪術に優れ、神仏調和を唱えた。修験道は日本版道教とも呼ばれ、道教との類似性を指摘するものも多い。そして更にその後、平安期に信仰の中核となったのが密教由来の呪術である。
密教を日本にもたらしたのは、最澄や空海であるが、このバックとなったのは、秦氏と見られる。おそらく密教の導入は、それまでの護国仏教(高句麗系主導と思われる)に対抗するためと思われる。

○中世の悪党(忍者系統)と修験道の融合
伊賀は奈良時代以降、護国仏教系である東大寺や興福寺などの多くの荘園が存在していた。
「悪党」とは、いわゆる土豪(土着地主だが後述するように忍者や山僧と関連しているもの)で、寺院や貴族の領地である荘園に対して反乱を起こしたものたちである。彼らは荘園領主に対して奇襲や撹乱などの戦法を駆使した。
悪党の中には、修験道と関わりをもった者もおり、そこで山伏の戦法を学び、先達として各地を巡る際に情報収集を行ったようだ。また忍術には、修験者(山伏)が用いた、九字護身法、山嶽兵法、亀六の法、などがある。
また忍術には「七法出」と呼ばれるものがあり、虚無僧、出家、山伏、商人、放下師(大道芸人)、猿楽、一般庶民の七つの姿に身を変えて潜入し、諜報活動を行っていた。これらに見られるように忍者と修験道はかなり融合していた。
伊賀忍者として有名な百地氏も、もともとは悪党であった大江氏の一派といわれており、実際に大江氏の一族が大峰山で修行したという記録も残っている。加えて伊賀周辺には、霊山や笠置山、赤目四十八滝など修験に関わる地が多く、役行者信仰も盛んであった。

悪党の中でも13世紀の後半に活動を開始した伊賀国黒田庄の悪党は、東大寺の年貢米を奪い、寺使を追放して路次(ろじ)を切りふさぎ、やがて荘民の支持を受けて、東大寺から独立を宣言するに至った。
また14世紀の初頭、播磨国(兵庫県)矢野庄では、在地領主延暦寺の山僧である寺田氏が荘内に城郭を構えて討伐軍と戦い、ついには都鄙(とひ)名誉の悪党と称されるまでになった。1315年兵庫関を襲った悪党は、瀬戸内海沿岸から淀川流域にかけて拠点をもつ同じく延暦寺の山僧良慶以下100余人の山僧集団や商人集団であり、彼らは、得宗家の港湾独占に反対して蜂起したのであった(「延暦寺の山僧と日吉社神人の活動」リンク)。
悪党は、奇襲攻撃を得意とし、行動範囲が数か国に及ぶこともあった。諸国悪党の蜂起は内乱状況を生み出し、畿内近国の悪党を組織した後醍醐天皇の討幕運動が鎌倉幕府を崩壊させたのである。
楠木正成も元はこの河内、和泉を拠点とする悪党であり、服部家出身といわる能の観阿弥と姻戚関係にある。南朝はこれらの忍者や、密教系の僧侶たちの力によるものと見ることが出来る。

この「悪党」たちを母胎に戦国時代には「伊賀衆」「甲賀衆」等が「忍び」として諜報活動に活躍することとなる。
 
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