国家の支配構造と私権原理
334020 南朝皇統奉公衆【八咫烏】と北朝皇統奉公衆【山窩】
 
山澤貴志 ( 52 鹿児島 ITコンサル ) 18/03/11 PM11 【印刷用へ
徐福に起源を持つ、技能集団は、土地に縛られた農民としてではなく、全国に散らばった一族の技術者ネットワークを武器に、天皇をも裏で操る諜報ネットワークをつくっていった。例えば、穴太衆は城の石積み技術を持つ技能集団、雑賀衆は鉄砲づくりの技術を持った技術者集団であるが、当然、生き延びるために、武将の力関係を読み、時には暗殺や裏切りetcを仕掛けていった。南朝を支えたのが【八咫烏】で北朝を支えたのが【山窩】。両者は、特に、対立し、時に協力しながら、現在でも、裏で日本社会を支配しているようだ。石工や軍需産業を擁して大きくなったあたり、さらには、両立て戦略を駆使している点をみると、さながら日本のフリーメーソンである。

リンク より転載

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楠木正成を語る場合、非常に重要な存在が、伊賀の服部氏です。楠木正成の妹は伊賀の服部氏に嫁いでいます。伊賀の服部氏といえば伊賀忍者の祖として有名ですが、元々彼らは南朝に仕える技能集団で、南朝皇統奉公衆【八咫烏】の一派です。

逆に北朝に仕えた技能集団を北朝皇統奉公衆【山窩】と言われますが、これが甲賀忍者です。甲賀忍者の祖は大伴氏です。

伊賀忍者と甲賀忍者、八咫烏と山窩、彼らは敵対していたようなイメージがありますが、実
 際には、彼らは同族であり、あえて2つに分かれて活動する事で、日本を裏から操りつつ、存続してきました。常に「正反合」が彼らの常套手段です。

服部氏や大伴氏の忍者の歴史は古く、時は聖徳太子の時代にまで遡ります。聖徳太子が、ブレーンである秦河勝を介して、秦国から伝わった兵法に習い、「志能便(しのび)」「志能備」と呼ばれるスパイを使った事が、間者の起源。後に服部氏族が伊賀忍者の源流となり、大伴氏が甲賀忍者の源流となりました。

現在、歴史教科書に詳しく説明されていない技能集団として、雑賀衆、川並衆、ワタリ衆、 穴太衆等がありますが、これらは邪馬台国以前、徐福の一団の来日以降から活躍し、建築技術や製鉄技術を伝えた技能集団の末裔であり、いつの時代も重要な裏方として活躍してきました。

 話を楠木正成に戻します。楠木正成の妹と伊賀の服部氏の間で生まれた子が能楽を興した観阿弥であり、観阿弥の子が世阿弥です。能楽者は全国各地を巡業しましたが本業は諜報活動であり、いわゆる「間者=忍者」でした。

 楠木正成と云えば南朝の忠臣としての顔と、まつろわぬ民を率いて奇想天外なゲリラ戦 術で北朝の武士団を翻弄させた山の民の首領という2つの顔を持っています。そうです。楠木正成もまた南朝皇統奉公衆【八咫烏】の1人でした。(母親は橘氏系統)

 楠木正成が伊賀忍者や修験道と深く関係していた事も、彼の出自が明らにされておらず、 単純に「悪党」とされている事も、180センチ以上の長身であった事も、奇想天外なゲリラ戦術(兵法)を使いこなした事も、忍者衆の特徴が表れています。

 時代は異なりますが、豊臣秀吉も山窩衆の1人です。彼の家は山窩の首領(アヤタチ)格の家柄であり、尾張国中村郷(愛知県名古屋市中村区)に広大な屋敷がありました。この事実をひた隠しにして、秀吉が貧農の子だったという事としているのは、「山窩」というキーワードを歴史上から隠すための作り話に他なりません。

 秀吉は土豪・蜂須賀小六率いる「川並衆」を自在に操りましたが、「川並衆」自体、れっきとした独立系技能集団であり、それを自在に操る事が出来たのは、秀吉が彼らの首領格であったからです。

その首領格の血統が、江戸末期、ポルトガル(イエズス会)とオランダ(近代メーソン)の両方に通じて勢力を拡大した穴太村の上田家につながり、江戸時代末期以降の当主・上田吉松(1代目と2代目)から、牧口常三郎、畑中理、笹川良一、出口王仁三郎、戸田城聖といったフィクサー達が登場しています。

 南朝皇統奉公衆【八咫烏】、
 北朝皇統奉公衆【山窩】、
 彼らは今でも日本の裏側で生き続けています。
 
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