収束不全:やりたいことが見つからない
33145 快美欠乏に替わって、認識の統合が最高価値になった。
 
田村正道 ( 39 京都 建築士 ) 02/06/09 AM01 【印刷用へ
現在の最大ニーズが社会統合にあるという見方に同感です。

私は、更にその根底には、「意識の統合」のニーズがあるのではないかと感じました。 まず人に収束するのは、混濁し活力のでない意識状況から、少しでも統合感を感じる人に可能性を求めて収束しているように思われたからです。

意識が統合されるには、諸認識が状況に合わせて整除される必要がありますがこれがなかなかできない。しかし難しいけれども意識上の混濁や不全を解消するには、認識の統合しかなく、根底では、認識の統合を皆が期待し合っている状況だろうと思うのです。

環境問題については、私達は、環境破壊をくいとめようと思いながら、一方で快美欠乏を、手放すことのできない絶対的な価値のように思い込み続けています。
ところが、(31007 観念の充足こそ最高の価値)にあるように、快美欠乏に応える市場社会というものが、統合感のある世界を失う事と引き換えに成立したものである事、そして必ずしも快美欠乏は最大価値では無い事、(30710 超市場・超国家論10)にあるように、快美欠乏が環境破壊の主原因である事がわかれば、認識を組み替える事は、可能です。
私達が快美欠乏を手放すことができないと思いこんでいるのは、快美欠乏が市場社会と現代国家の基盤となっているため、洗脳され続けた結果にすぎません。

もはや、快美欠乏は絶対的なものではない。認識の統合の価値こそが絶対的な最大価値として期待されている状況に転換しています。

快美欠乏の世界とは程遠い?、それでいて生産と消費の統合感のもてる農の場に期待があつまるのはその表れだと思います。

 
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新しい潮流1 社会捨象→不全捨象の充足基調(’70・’80年代)
新しい潮流2 私権統合の崩壊と社会収束の潮流(’90・’00年代)
新しい潮流3 社会不全⇒認識欠乏の蓄積
新しい潮流4 言葉それ自体が引力を持ち得ない時代
新しい潮流5 実現派は仲間収束から社会収束へ
新しい潮流6 解脱仲間から認識仲間への逆転
仲間圧力と認識仲間
新しい潮流は、新しい人間関係を必要としている
市場社会の、カタワの「集団」
本当は、「集団」に入ったのではなく、社会に出たのだ
古い人間関係は、影が薄くなるばかり
関係パラダイムの逆転1
関係パラダイムの逆転2
活力源は、脱集団の『みんな期待』に応えること
収束不全発の適応可能性の探索、その深くて強い引力
充足基調から探索基調への転換
'90年代の危機感と変革期待の行方
秩序収束と答え探索の綱引き
潮流2:戦後日本の意識潮流
潮流3:’70年、豊かさの実現と充足志向
潮流6:’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束
潮流9:経済破局を突き抜けてゆく充足・安定・保守の潮流
今後10年間は充足⇒活力を上げれば勝てる 
「日本人はいつ物を考え出すのか?」(1) 共認充足が最大の活力源。'10年代はそれだけで勝てる
市場時代の共認非充足の代償充足⇒解脱(芸能)埋没
'70年〜現代 収束不全⇒本能的な秩序収束⇒課題収束⇒認識収束
現代〜近未来 対象への同化こそが新しい認識を生み出す
大学生が授業に出るのはなんで?
「やりがい」に潜む社会的欠乏
カリスマ 〜自分たちが共認できる価値観への評価収束〜 
仲間収束 2:一人でできない子
「働きたいから働こう」という意識
快美欠乏に替わって、認識の統合が最高価値になった。
判断の土俵とは、人々の潜在思念が作り出した共認圧力の場
『必要か否か』が環境問題に対する基底的な答えになる
芸能か、認識形成か

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