市場の支配構造(金貸し支配)
329911 十字軍遠征のテンプル騎士団が、発券銀行(中央銀行)の源流
 
麻丘東出 ( 57 兵庫 ) 17/09/25 AM00 【印刷用へ
1096年〜1270年の7回にわたる十字軍遠征によって資力支配の時代が幕を開ける。そこで台頭した「テンプル騎士団」こそ、世界初の近代”銀行”であり、同時に世界初の”発券銀行(中央銀行)。

以下、「テンプル騎士団・・・世界初の国際銀行の破綻リンク」より引用
-------------------------------------------
☆ テンプル騎士団の活躍 ☆
事の起こりは1096年に行われた第一回十字軍。
十字軍はエルサレムをイスラム勢力より奪取し、エルサレム王国を建国したのですが、いかんせん十字軍は欧州各国の寄せ集めで常備軍ではありません。そこで、エルサレム神殿とその巡礼路を警護するため厚い信仰心を持つ修道騎士たちがあつまり、テンプル騎士団はその名のとおり聖地防衛の為の宗教騎士団として設立されたのです。<中略>

そしてローマ教皇は彼らの戦果に報いるため免税の特権を与え、又その名声に引かれて各地の貴族や国王などの寄進が相次いだのです。こうして清貧な修道騎士たちの集まりだったテンプル騎士団はたちまちのうちに巨万の富を誇る一大軍事組織に変貌していきました。
しかし、テンプル騎士団の富裕化は、テンプル騎士団そのものの性格を変えていった。

☆ 金融取引という名の誘惑 ☆
まもなくテンプル騎士団は十字軍の遠征や巡礼行く人々の資産を預かり、預託証書を発行するようになりました。人々はこの預託証書を目的地のテンプル騎士団拠点に持っていくことで、いつでも払い出しが受けれるようになったのです。
当初は聖地奪還や巡礼という神聖な目的の為、治安の悪い往路で騎士や巡礼者の財産を守る奉仕の一環だったのでしょう。しかしやがて騎士団の上層部はこの”預託証書”が恐るべき力をもつことに気がつき始めました。
すなわちテンプル騎士団が預託証書と同額の支払いを保障することで、彼らの預託証書という紙切れは実際の金貨や銀貨と同様の価値を持つことになったのです。しかもその国でしか使えない金貨や銀貨と違って、テンプル騎士団の預託証書はイギリスからシリアにまで広がっていた騎士団の拠点すべてで両替して換金することが可能です。
つまり彼らは意図せずしてヨーロッパ史上初の”共通紙幣(国際基軸通貨)”を発明していたのでした。

又当時の十字軍や巡礼の途中で命を落とすことは決して珍しいことではありませんでした。そこでやがて人々は出征や巡礼の前に財産をテンプル騎士団に預け、もし万が一があったときは遺言に従って相続人に財産を分与することを依頼するようになります。
例えば第三回十字軍に参戦したフランス王フィリップ2世などは遺言の執行人にテンプル騎士団の財務官を指名し、出征中の王家の税収をすべてテンプル騎士団の金庫に預託するよう指示しています。
すなわちテンプル騎士団は現代の信託銀行の生みの親ともなったのです。

そして従来の両替に加え、信託の機能を持ったことは、修道騎士団だったテンプル騎士団が巨大金融機関へと変貌させる決定的なきっかけになりました。
単なる両替、預託業務と違って信託は払い出しがいつ行われるかの予定が立てられます。逆に言えば常に払い出し分の通貨を保有しておく必要がなくなるわけです。
となると、現代の信託銀行と同様にその期間財産を運用する機会があることになります。
ここにいたり騎士団は中世のヨーロッパで決して触れてはならない、しかし近代の産業に絶対必要なあるタブーに手を染めることになりました。

そのタブーとは、貸金業で”利子”を取ることです。
原始キリスト教では元々”利子”は硬く禁じられていました。しかし騎士団はイスラム教徒との聖戦の為のある種の寄付金のような形で、貸し金に利子を取ることをローマ教皇に認めさせてしまいます。これは決定的なことでした。
利子を認めること、それはすなわち”金融業”そのものだったからです。
こうしてテンプル騎士団は、各国の王室や貴族に軍事資金を貸し出し、膨大な利子を得ることで、世界初の国際銀行となったのでした。

しかも彼らはやがて更に恐るべき秘密に気がつくことになります。
それは実は発券銀行となったテンプル騎士団は仮に金や銀の現物がなくても、その信用が続く限り事実上の国際紙幣である預託証書を無限に発行できるということです。
そうです。
テンプル騎士団は13世紀にして”通貨の秘密”という人類史上最大の発明(同時に史上最大の詐欺)にたどりついたのです。

しかし騎士団の繁栄の裏で、実はその破滅の日が忍び寄っていました。
テンプル騎士団が尊敬と信頼を受けていたのは、聖地の保護(奪回)と巡礼者の保護という大義名分あってのことでした。しかし十字軍の旗色が悪くなると、彼らはその志を忘れ、蓄財ばかりに精を出すようになっていったのです。グローバル化し王室の通貨発行権を脅かす存在となった騎士団は既に当初の目的も理念も武力も失い、殖財にばかり熱を挙げる統制の利かない金融モンスターになっていったのでした。

1307年10月13日。
テンプル騎士団に多額の借金をしていたフランス王フィリップ4世は異端信仰や男色などを理由に突如騎士団を急襲し、主要メンバーを逮捕。騎士団を壊滅させる挙にでます。
実際にはこれらの罪状はすべてでっち上げでした。テンプル騎士団の豊富な財産を接収することがフィリップの真の狙いだったのです。しかもこのフランス王の暴挙に対し、表向き騎士団の主人であるはずのローマ教皇庁さえも同調し、寧ろその財産を狙うそぶりを見せる始末でした。
こうして騎士団は壊滅しましたが、テンプル騎士団は紛れもなく現代につながる金融システムの祖でした。

彼らは人類史上初めてグローバルな金融機関を作りあげ、兌換紙幣と通貨の秘密を発見したことで、数百年後にやってくる金融資本主義の扉を垣間見たのです。
しかし金が金を有むという現代の錬金術を知ってしまった彼らは、当初の清貧で崇高な理念を失い、なんらの同情をうけることなく、滅亡に追い込まれたのでした。
<後略>
----------------------------------
 
  List
  この記事は 211294 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_329911
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
333955 テンプル騎士団は711年の休息の後、 一神教の内部聖域に戻ることを承諾した 花山薫 18/03/09 AM00

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
新しい潮流1 社会捨象→不全捨象の充足基調(’70・’80年代)
新しい潮流2 私権統合の崩壊と社会収束の潮流(’90・’00年代)
新しい潮流3 社会不全⇒認識欠乏の蓄積
新しい潮流4 言葉それ自体が引力を持ち得ない時代
新しい潮流5 実現派は仲間収束から社会収束へ
新しい潮流6 解脱仲間から認識仲間への逆転
仲間圧力と認識仲間
新しい潮流は、新しい人間関係を必要としている
市場社会の、カタワの「集団」
本当は、「集団」に入ったのではなく、社会に出たのだ
古い人間関係は、影が薄くなるばかり
関係パラダイムの逆転1
関係パラダイムの逆転2
活力源は、脱集団の『みんな期待』に応えること
収束不全発の適応可能性の探索、その深くて強い引力
充足基調から探索基調への転換
'90年代の危機感と変革期待の行方
秩序収束と答え探索の綱引き
潮流2:戦後日本の意識潮流
潮流3:’70年、豊かさの実現と充足志向
潮流6:’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束
潮流9:経済破局を突き抜けてゆく充足・安定・保守の潮流
今後10年間は充足⇒活力を上げれば勝てる 
「日本人はいつ物を考え出すのか?」(1) 共認充足が最大の活力源。'10年代はそれだけで勝てる
市場時代の共認非充足の代償充足⇒解脱(芸能)埋没
'70年〜現代 収束不全⇒本能的な秩序収束⇒課題収束⇒認識収束
現代〜近未来 対象への同化こそが新しい認識を生み出す
大学生が授業に出るのはなんで?
「やりがい」に潜む社会的欠乏
カリスマ 〜自分たちが共認できる価値観への評価収束〜 
仲間収束 2:一人でできない子
「働きたいから働こう」という意識
快美欠乏に替わって、認識の統合が最高価値になった。
判断の土俵とは、人々の潜在思念が作り出した共認圧力の場
『必要か否か』が環境問題に対する基底的な答えになる
芸能か、認識形成か

『るいネット』は、46年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp