市場の支配構造(金貸し支配)
329910 ベネチア(フェニキア人)が、十字軍を通じて巨大金融勢力となりイエズス会を作った。
 
北村浩司 ( 壮年 滋賀 広報 ) 17/09/25 AM00 【印刷用へ
ヨーロッパ中世、とりわけ十字軍から自治都市の発達(12C〜13C)に掛けて、ヨーロッパ随一の交易都市、金融都市として発展したベネチアの歴史を探ることで、十字軍や、大航海時代に至る分析の材料としたい。

>2000年を超えるフェニキア起源の国際金融家が隠れた最有力国際金融家であろうという推測は、アルファンドさんの考えに近いものに支えられています。
東地中海地域拠点のフェニキアが滅亡した時点で、フェニキアの有力国際商人=金融家は、元々枝分かれであり西地中海地域の覇者であったカルタゴに移ったはずです。

そのカルタゴも第三次ポエニ戦争(ポエニ戦争:前264〜146 ※ポエニは「フェニキア」の意味)でローマ帝国に滅亡させられたが、戦争を担ったのは傭兵部隊であり、当時権勢をふるっていたマゴ家を始めとする国際金融家達は、莫大な資産を伴ってイベリア半島(現スペイン)に脱出していた。その後情勢が落ち着いてから、地中海全域で拠点を立て直していったと思われる。

彼らの拠点都市国家の1つがヴェネチア共和国(697年成立)だと考えられている。カルタゴとの共通点は以下の通り。
・経済形態(国際商業と国際金融を基礎)
・政治形態(近代共和制に近いもので、市民権を持つ貴族が総督=大統領・評議会=議会・顧問会議=内閣を選出し、それらが協力と牽制を伴いながら統治を行う)
・祭祀(どちらも仮面を使う)
・顔つきや服装
・国際交易都市が国家となり、周辺地域を支配していくという構造
「晴耕雨読」リンクより抜粋、要約

その後ベネチアは
>810年に東ローマ帝国とフランク王国間で結ばれた条約で、ヴェネチアは東ローマ帝国に属することになりますが、フランク王国との交易権ももつこととなってこの条約から貿易都市への布石が敷かれる。

>その後自治権を持つ自治都市となり、836年にはイスラムの侵略を撃退し、900年にはマジャールの侵略を撃退。
 10世紀後半からはイスラム諸国と商業条約を結ぶ。イスラム教徒と戦うよりは貿易というベネチア人の現実的な政策によるため。
交易を拡大し、さらにアドリア海沿岸(イタリア東部沿岸)への支配地域の拡大に努める。
11世紀には、弱体化した東ローマ帝国の要請でアドリア海沿岸の海上防衛を担う。その海上防衛の代償として東ローマ帝国内での貿易特権を得ることになる。

十字軍開始時は当初ベネチアは静観の姿勢だったが、第4回十字軍がイスラムに押され行き詰まり状態の際に行動を起こす。

1204年に第4回十字軍とともにヴェネチア艦隊は東ローマ帝国首都のコンスタンティノープルを攻略。援助への代償としてクレタ島などの海外領土を得て東地中海最強の海軍国家となる。その結果、アドリア海沿岸の港市の多くがヴェネツィアの影響下におかれる。ヴェネツィア共和国は東ローマ帝国分割で莫大な利益を獲得して、政治的にも地中海地域でヨーロッパ最大の勢力をほこるようになり、イタリアルネッサンスの拠点の一つとなる。

十字軍戦争を起こすためには、西ヨーロッパから軍隊がエルサレムまで遠征するための途轍もない多額の軍資金が必要になる。
それから軍隊を出すために、艦隊を組織する。そのための資金は全部、ヴェネチアの「黒い貴族」が用意した。ローマ法王庁とかフランスや英国とかスペイン、ドイツとかの国々の王侯貴族に軍資金を貸し付けたのである。

地中海から黒海にかけての海域が「イタリア商人の海」ともいうべき状況になったことは、13世紀にヴェネチアのマルコ・ポーロが黒海北岸から中央アジアを経て中国(その当時は元)へ向かうことを容易にさせた。

13〜14世紀には商業上のライバルのジェノバとの戦いがつづいていたが、1381年の戦いで、ジェノバはヴェネチアの優位な立場を認めることになる。その後も侵略戦争で周辺地域に領土を次々に獲得していったヴェネチアは、15世紀後半にはキリスト教世界でも屈指の海軍力をもつ都市国家になった。
宗教改革において、カトリックがプロテスタントと戦うための(その後信者の拡大の名目で他国の侵略の先兵となった)「イエズス会」に対して、資金を提供して強固な組織にしたのはヴェネチアの金融勢力=「黒い貴族」だった。
参考:リンク「ヴェネチアの繁栄と衰退」、リンク「イエズス会を組織したのはヴェネチアの”黒い貴族”だった」
 
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330958 イエズス会結成の背景 山澤貴志 17/11/06 AM00
330011 十字軍前後のヴェネチア・東ローマ・ローマ教皇の関係 匿名希望 17/09/29 AM00

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