日本人の起源(縄文・弥生・大和)
329382 邪馬台国は存在しなかった
 
志水満 ( 61 大阪 会社員 ) 17/09/07 AM01 【印刷用へ
卑弥呼や邪馬台国について触れた『魏志倭人伝』は三世紀の末頃に書かれました。この話は『三国志』の「魏書」にある「東夷伝」中に含まれてますが、そもそも日本に来たこともない魏の陳寿の想像だったのではないか。

【書評】まさに「偽史倭人伝」。あの邪馬台国は中韓が捏造した?
mag2ニュースより以下引用です
リンク

『高天原は関東にあった 日本神話と考古学を再考する』田中英道・著 勉誠出版

今日、「邪馬台国」の信憑性が学界やマスコミでも(中韓でも)確実だと思っているなら、その伝承が残り、それを祀る神社や祠があるはずなのだから、その面での追及をすればいいのに、やらない。最初から諦めている。そのこと自体が、「邪馬台国」不在の証ではないか。存在に確信があるなら、日本のどこかで、その伝説なり、神社なりを調査してもいいはずだが、ないからできない。

「日本の各地の伝説にも、土地の記憶に一切ないということは、このことで、そのもともとの不在が問われなければならなかったはずである」という判断はじつに明解である。鹿児島に日本唯一の「卑弥呼神社」があるのだが、一般にも無視されている。郷土史家が昭和57年に建立、その由来を書いた看板がトンデモお笑いレベルだ。

「ある『国』の支配的な『首長』的存在であるならば、鎮魂の意味でも、そこの地元の人々が祀らないはずはないのである」。神々はもとより鬼の類でも神社がある。聖徳太子、柿本人麿、菅原道真、平将門、楠木正成、新田義貞にも神社がある。神道の神でも日本人でもない徐福でさえ神社がある。「卑弥呼」にはそれらしい存在の痕跡もない。万葉集にもそれを推測させる歌が一切ない。

引用終わり
 
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