次代の活力源は?
328468 志ってなんだろう。志ってどんな感覚だろう。
 
むらかみたけし ( 25 大阪 接客 ) 17/08/01 AM09 【印刷用へ
ある時からか、私は志という言葉が気になりだしていました。大企業の社長からニュースで取り上げられる時の人まで、皆一様に目を輝かせて、志という言葉を出すからです。

自分もそうなりたいと思うと同時に、自分とは遠い世界に位置する概念がまさに志という言葉でした。

同時にやりたいことが見つからない、やりたいことがありすぎるというフラフラ状態の自分とのコントラストがきつく、遠ざけていた言葉としても志という言葉は在りました。

一体、志ってどんなものなんだろう。


でも今、私の身体には志が宿り始めている、と感じています。でもこれは中々共有しにくい。読んでくれている人に有益かわからない。でもなんとか発信出来たらなと思います。

志はどうも生物が持っている諸機能のうち、かなり深い、原基部分から発せられる、方向性を伴ったエネルギーのことらしいと思っています(志という言葉の響きは人間臭いからわかりにくいけど)。だから、志という概念を掴むには、言葉による追跡はまず不可能で、体の中を漂う様々な感情や身体感覚を、水面に浮かべる様にして、そして見つめる必要がある。そんな仮説に基づいて春から過ごしてきました。

志の宿った身体、見える世界これを共有したいと思います。


●喜・怒・哀・楽・志
結論から言って志は喜怒哀楽という人間の基本的な感情と呼ばれているものに並べていいほどなのかなと思います。志という感情が存在する。

それはとにかく体を心を突き動かし続けます。人間に集中状態と安心状態があるなら、志で覆われている人間は常時80%ほどの集中状態を寝ている時ですら保ちながら生涯を全うしていたのではないかと考えてます。

私もそれには及びませんが、一日中仕事をしてもなお残業することも苦しくなく、休みの時ですらひたすら足つぼ師としての施術をずっとして、それでもなお疲れが無い状態です。

これが志と呼べるなら、るいグループが憂う「志無き世の中」がどれほどヤバいことなのか。


●感謝と怒り
それと、志という響きからは全く想像していなかったのですが、特定の対象に対して、言葉にできぬほどの「怒り」を覚えることも気づきの一つです。
それは己を含むおよそ全ての人を対象にし、かつ相手に向かって仕事をしていない様を認識した時点で出てきます。

そしてお客様に向き合っている時は、それは深い感謝で包まれる。この両極端な心の動きをつぶさに観察しているとどうもこれは一つの感情から生み出されているらしいところまでは分かりました。

それは「相手に活力を持って前を向いてもらいたい」という絶対に動かない想いから発せられる感情でした。


●志は相手に向かい、相手との体験によって生み出される。
こんな強く深い感情、なぜ自分に生まれたのか。考えてみると、お客様に応えたいと仕事をしていただけでした。そんなに複雑なことではなかったです。

もっと言えばたった一つのちょっとした体験が「志の種」となり得る。

私の場合は、彼女に酷い振られ方をして自暴自棄になりながら施術をしていたある一日が全ての始まりでした。私が働き始めた初日に私の施術が気に入ってくれた物凄い人見知りのお客様が、その日凄い施術を楽しみにしてくれながら来店された映像が今でも頭から離れないんです。

その方は深刻な冷え性で心まで冷え性でしたが、足つぼで体質まで変わり、性格まで少し前のめりに喋る方になっていました。

私はこんなお客様のために存在している。涙ながらバックヤードでそのお客様を見つめていました。

●志は植物に似ている。種から急に花は咲かない。
私が見ていた、イメージしていた志はそれが花開いた場面だったのではないかと思います。そんな立派な花は簡単に出来ない。
でも、相手の深い、潜在思念レベルでの期待に気付いたら、誰だってそれに応えたいと思えるはず。

問題はそんな深いレベルまで自分を徹底的に追い込めるか、ということです。言い換えるなら自分を捨てられるのか、ということ。

そうなるには結局、たくさん試し一杯失敗をし自分一人でジタバタしてみて、そうして無能であることを自覚し、まさかお客様に救われるとは、、、とハッとする経験を如何に重ねるかということにポイントがあるような気がします。


●志の正体

志ってなんだろうと考えると今では「相手の深い期待に気付き、それに応えるために腹を括りましたという感情、姿勢、そして人間の形態そのもの」を指すのではないかと思っています。人間志形態ってありますよね。旧観念形態は是非とも避けたい。

そしてそれは種から芽、そして花へと変態(姿を変える)する性質を持っている。枯れたり、開花しないという性質もある。堪えて開花を信じて変なことをしないでいると結局、普通に育つなんてこともあるもの。

それが、志なんではないかと思っています。

●志を宿すには。
「志」は活力の源泉なので、簡単に言えば「志」があれば万事ほぼ解決したようなものですが、問題はそれが自らの身体に宿るかどうかです。私はできるだけ言葉を発しないことを意識しました。そして様々なチャレンジを通して体の動き、心の反応をただ黙って見つめる期間が必要だと思います。

チャレンジは失敗やトラウマをもたらすこともありますが、どっちにせよ周りの有難さに気付くし、その気づきが強いほど言葉を介さずに周りと感情を共有することになります。

それが相手の深い想いにアクセスした身体感覚を作り出します。その経験一つ一つが志の芽ではないでしょうか。

咲くかどうかは運も環境もありますが、目の前の相手に応え仕事するのは丁度水やりみたいなもので、すればするほど、応えたい対象の広さや深さが出てきます。
その臨界点を超えた時(それは自分個人の器を超えた時)自分ではどうしようもない巨大な想いとなるのではないでしょうか(それが志)。
 
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