学校って、必要なの?
326716 「明治維新という幻想」B教育の核心は武力によらない「中央集権化」+江戸の寺子屋は明治の小学校と真逆であった。
 
田野健 HP ( 56 兵庫 設計業 ) 17/05/23 AM00 【印刷用へ
前回の投稿に続いて、森田健司氏の著書「明治維新という幻想」より紹介したい。森田氏は明治政府の最大の問題点は「教育の中央集権化」にあるという。江戸の寺子屋と比較しながら明治以降に登場した義務教育のどこに大きな問題があったのか、この文章を読んで考察してみてほしい。

【学制と教育の中央集権化】
旧世代の人々が、いくら激しい反体制思想を持っていても、時間の経過とともに、彼らは必ず数を減じていく。それに対し、まだ真っ白な新世代に「新政府の存在は正しいものである」と教育できれば、いつか日本のほとんどの人々は、そう信じ始めるはずである。だからこそ、新体制を築いた権力者たちは、洋の東西を問わず、教育に注力するのである。
明治政府の教育に対する政策は明治5年に公布された「学割」に始まる。ここで江戸時代に学問の中心に据えられていた儒学を否定した上、藩校中心の教育は封建的だったと批判した。そして「四民平等」の理念の下、すべての人々が等しく教育を受ける制度を目指す事を宣言したのである。
具体的には全国を8学区、一大学区を32中学区、1中学区を210小学区に分割し、全国に8の大学、256の中学、53760の小学校の設立が計画された。あまりのも壮大な教育計画である。
当然このような計画が実行できるはずはない。問題は財源である。学制に書かれていた計画は、一見立派な絵空事だった。それでもなお明治の学制は注目に値する。

”それはこの教育制度が「中央集権体制に基づくものである」と明記されていた”からである。その冒頭には「全国の学政は之を文部一省に統ぶ」との文言が確認できる。学制は近代的教育システムのみならず、「教育の中央集権化」の出発点なのである。

江戸時代の教育は藩校や寺子屋、私塾によるもので、中央政府から、細かな内容に関する指導や制限などはなかった。いや、なかったどころか、それを実現するためのシステムすら存在しなかった。こうした教育のありようは、体制側から見ると相当、危険である。武力で幕藩体制を蹴散らした新政府からすれば、いつ自分たちの体制に反旗を翻すものが育ち、現れるか、わからないからである。
それに対し、中央集権化された教育システムは、体制側にとってきわめて安全だ。条件さえ整えば、教育内容の標準化が可能になるからである。
教育内容の統一、たとえば検定教科書の使用などは、おもに経済的事情から長らく実現しなかったものの、中央集権化の効果が早期に現れる。

明治9年から明治18年にかけて、明治天皇と政府首脳は全国を視察して回る。その際、訪問したどの地でも教師に引率された小学生たちは、一列に整列して一行を迎えたと記録されている。一行にまったく無関心な大人たちが多かった中、幼い小学生たちは、このようにして「天皇と政府首脳への敬意を摺り込まれた」のである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上抜粋
勉強がなぜ辛く、面白くないのか?⇒面白くなくて当たり前である。
それは教える側の目的が「国民を意のままに操る」という核心を隠して、お上に従順な大衆を育て作る為にあったからだ。
だから、聞いてはいけない事は質問できないし、聞いても教員は答える言葉を用意していない。やがて突入する戦争に際して「天皇陛下バンザイ」となったのは、明治教育の結果として必然だった。

対して江戸の寺子屋は制限や中央化のシステムから無縁だった為、人々の学びへの追求はどこまでも開放された。
教育や学習、本来は答えなど必要なく、どこまでも制限のない追求のできる場があることが本質だと確信する。
 
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327297 江戸時代の教育方法〜教わるのではなく学び取る 谷 みつ子 17/06/13 PM10

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