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326540 「日本の生産性は先進国に比べて低い」という数字を疑って見る〜1人あたりという罠〜(1)
 
今井勝行 ( 中年層 東京 会社員 ) 17/05/16 AM10 【印刷用へ
 国力の比較として「生産性」という言葉がしばしば用いられるが、よくよく見てみると所得の多寡によって見ているだけで、本来の人間の能力に比例しての生産性比較では無いということです。例えば、株主や地主と言った方々は特別労働と言ったものはしていないが、配当や運用利回りで高所得を得ている。この様な方は所得は高いが生産性が高いと言えるのかという問題です。
この問題に、切り込んだ記事を見てみたいと思います。

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「日本の生産性は先進国に比べて低い」という数字を疑って見る〜1人あたりという罠〜(1)

第三次安倍内閣で「働き方改革実現会議」のテーマとして「賃金引き上げと労働生産性の向上」が取り上げられるほど、いま日本の「低い労働生産性」が話題になっています。

また、ここ数ヶ月に間に「生産性」に関する書籍が相次いで出版、文中で日本の労働生産性が低い理由が指摘されており、これがソーシャル上で多くの話題と共感を得ています。

ところで、日本の労働生産性は本当に低いのでしょうか。

その数的根拠は何でしょうか。ちょっと気になったので調べてみました。
そもそも「労働生産性」とは何か?

認識の統一を図るため、まず労働生産性の定義をハッキリさせます。

 

「生産性」とは一般的には「産出量(アウトプット)÷ 投入量(インプット)」を指します。インプットに対してアウトプットが多いほど生産性が高いことになります。

ただし世間巷で喧騒されている「日本は先進国の中で労働生産性が一番低い!」という文脈における「労働生産性」の定義は、この計算式とは完全イコールではありません。

この数字は、公益財団法人日本生産性本部が毎年12月ごろに発表している「労働生産性の国際比較」を引用しています。

日本生産性本部は、主要先進35カ国で構成されるOECD加盟諸国の「2015年の就業者数(または就業者数×労働時間)1人あたりのGDP」(通称:国民経済生産性)を「労働生産性」と定義し、諸外国と比較した結果を発表しています。

この数字が、日本の生産性は先進国に比べて低いという論拠の支柱です。
GDPを各国通貨からドルに換算する際は、変動が大きい実際の為替ではなく、OECDが発表する物価水準の違いなどを調整した購買力平価を用いているようです。

米国は121,187ドルで3位、フランスは100,202ドルで7位、イタリア97,516ドルで10位、ドイツは95,921ドルで12位、カナダ88,518ドルで17位、英国は86,490ドルで18位、日本は74,315ドルで22位。なるほど確かにG7中最下位ですね。

日本を基準に考えると、米国は1.63倍、フランスは1.35倍、イタリアは1.31倍、ドイツは1.29倍、カナダは1.19倍、英国は1.16倍という結果になります。

厳密に言えば、国の経済全体の生産性を示したこの「国民経済生産性」と、労働を投入量として労働者1人(1時間)あたりの生産量や付加価値を測る「労働生産性」は異なります。

が、経済学で言うところの付加価値とは、一定期間に国内で生み出されたものの総量をGDPと表現するので、ニアリーイコールと捉えられています。詳細はこちらの川上先生の論文に記載があります。

「日本の労働生産性は先進諸国中最低」に対する疑問

このグラフに、私は3つの疑問を抱きました。1つ1つ確認していきましょう。
アイルランドが1位なのは、1980年代後半に農業が中心だった経済から金融・ITを中心とする経済に切り替えて、人口に大きな変動が無いながらGDPが大きく伸びているからです。

ひたすら外資を受け入れ続けた結果だと言われています。その分、リーマンショックの余波をもろに食らった国家でもあります。

ここ数年の購買力平価GDPは1980年254億ドル、1990年506.6億ドル、2000年1237.4億ドル、2013年2,164.7億ドル、2014年2,389.9億ドル、2015年3,050.4億ドルとその急成長ぶりが伺えますね。(※2)

つまり、その国がどのような経済構造を採択しているかによって、付加価値としてのGDPは1人あたりに換算すると大きく異なるでしょう。

一方で日本はどうでしょうか。日本は均等に発展した国土ではありません。東京のような都会もあれば、飛騨のような鄙びた地方もあります。

一緒に混ぜて「日本人の労働者1人あたり」と表現することに違和感を覚えます。これが疑問その1。それは諸外国との比較も同様です。
さらに「1人あたり」と銘打っているので労働者1人1人の生産性の代表値にも思えますが、実質的は総量とそれを積み上げた個数で算出した、言わば「平均」に過ぎません。

つまり特定の集団はおろか、誰一人としても働いた結果としての生産性が評価された数字では無いのです。あくまで、マクロ経済の数字で生産性を表現しているのです。

平均貯蓄や平均収入と同様に、異常値が紛れ込みやすい数字で「平均」を用いることに強い疑義を感じています。これが疑問その2。

本来であれば「1人あたりの生産性の中央値」を出せれば良いのですが、あくまでバーチャルに算出しているのでそれはできません。そんな数字をどこまで信用できるでしょうか。
このグラフ、よく見ると他にも違和感があります。

失業率が20%を超えているギリシャやスペインですら日本の1人あたり生産性を上回っているのは、分母である「労働者」の数の調整が入っているからではないでしょうか。

他にも、殆どの国がGDPの算出方法を2008SNAに基づいて算出しているのに、日本は2016年末に対応するため未だ旧基準である1993SNAに基づいて算出しています。したがってGDPは5%程度低く現れているはずです。

そもそも算出基準が違う数字で比較することにも違和感を覚えます。これが疑問その3。
日本の生産性が低いと言う割には、様々な前提条件や注意書きを必要とする数字に見えます。
疑問を解決するため、もう少し詳しく調べてみることにしましょう。
【つづく】
 
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