学校って、必要なの?
326500 勉強とは、「@無理をすること」 A「もともと無理があること」という意味です。
 
加藤俊治 ( 63 大阪 ) 17/05/14 PM09 【印刷用へ
「勉強」と「学び」の違いがスッキリします。

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「勉強」から「学び」へリンク より

「勉強」という言葉にはもともと「学習」という意味は含まれていませんでした。
たとえば、中国語にも「勉強」という言葉がありますが、辞書をひいて意味を調べてみると「@無理をすること」と「Aもともと無理があること」の意味しかありません。

日本においても、明治20年代に「学習」の意味で「勉強」が使われるようになるまでは、「無理をすること」と「もともと無理があること」の意味以外で使われることはありませんでした。商売で「「これ以上まけられません」という意味で「勉強しておきます」と言われることがありますが、それ以上の意味をもった言葉ではなかったのです。

「勉強」という言葉が「学習」を意味するようになったのは、おそらく明治20年代以降です。欧米文化一辺倒の明治の学校の学習や受験のための学習には「無理がある」という意味で「勉強」という言葉が使われたに違いありません。

その「無理」がいつのまにか当たり前になってしまったのが、「勉強」に象徴される日本の学校文化であると思います。その「勉強」から子どもたちが大量に逃走しています。もう二度と「勉強」の世界へと子どもたちが立ち戻ることはないでしょう。―中略―

○「勉強」と「学び」の違い
私自身は、「勉強」と「学び」との違いは、<出会いと対話>の有無にあると考えています。「勉強」が何ものとも出会わず何ものとも対話しないで遂行されるのに対して、「学び」はモノや人や事柄と出会い対話する営みであり、他者の思考や感情と出会い対話する営みであり、自分自身と出会い対話する営みであると思います。

「学び」とは、モノ(対象世界)との出会いと対話による<世界づくり>と、他者との出会いと対話による<仲間づくり>と、自分自身との出会いと対話による<自分づくり>とが三位一体となって遂行される「意味と関係の編み直し」の永続的な過程であると、私は定義しています。ー中略ー

これまでの「勉強」は、教科書と黒板とノートによる「座学」であり、脳のシナプスの結合でした。何者とも出会わず何ものとも対話しないで、ひたすら教師の説明を聴き黒板と教科書を読んで理解し記憶するのが「勉強」でした。

座学によって教科書の知識を習得する「勉強」は、プラトンが描き出した「洞窟の神話」に譬えることができます。「洞窟の囚人」が洞窟の壁に映った影を現実と見誤って認識したように、教科書と黒板に映し出された知識を習得している子どもは、現実の世界の知識を学んでいるのではなく、教科書と黒板に映し出された知識の影を情報として習得しているに過ぎません。この壁を克服するためには、道具や素材や人によって媒介された「活動的な遊び」を教室に実現する必要があります。

(<「学び」から逃走する子どもたち>岩波ブックレットのp54-58より)

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