生命原理・自然の摂理
32649 祭りは共生適応ではなく集団統合(解脱+闘争)共認の場
 
岡本誠 ( 48 兵庫 経営管理 ) 02/06/03 PM11 【印刷用へ
 祭りをめぐる論点として、部族間の共生(取引)適応との関係がどうなっているか、つまり、祭りは単位集団or部族内の共認形成の場なのか、それとも他部族も交えた共生(取引)の場なのかを明らかにする必要があります。

 共生(取引)適応とは、「約1万年前、人口が増え同類闘争の緊張圧力が高まってきた時、共認原理を集団外にも延長して贈り物etcを通じて友好関係の維持に努めた(四方さん30280)」ものですが、祭りは人類極限時代以来のはるかに根源的なものとして存在していたと考えられます。祭りの原点は集団統合(解脱+闘争)共認の中核であったことは間違いないでしょう。
 圧倒的な自然外圧を前にして不全感を解消すべく、足を踏み鳴らし掛け声を発する「踊り」という様式を作り出す(踊りはバランス感覚を養い二足歩行を可能にし、掛け声は音声機能の発達を促し言葉の発生につながります)。踊りは半睡状態を生み出し、終に自分たちを遥かに超えた畏れ敬う自然の背後に、応望すべき相手=期待に応えてくれる相手=精霊を見る。このように踊り(=祭り)は、不全を解消する解脱共認であると同時に、生存圧力を克服する可能性共認としての精霊=観念共認を形成するものだったと思われます。

※因みにアボリジニーのビジャンジャジャラ語では、「儀式」という言葉と「歌」、「踊り」という言葉は同一で「インマ」という。儀式めいた集まりだけでなく日常的なミーティングのようなものまで、人々の集まりであればすべてインマと呼び、日常生活と儀式(祭り)の区別がなく連続しています。なお「呪う」も同じ言葉で、夢や話し言葉や歌や念力など、目に見えない力の存在が信じられています(実際彼らは有形な反応を起こす能力を保有している)。日本にもかつて言霊信仰が存在しており、極限時代〜採取時代の祭りや精霊信仰の有り様を示唆しています。

 弥生の祭祀が、異なる部族を統合する(支配下におく)ために活用され、私権時代の盆踊り等の祭りが村落共同体を単位としていることを考え合わせても、集団統合(解脱+闘争)共認の最たるものであることは確かでしょう。
 従って、祭りが緊張関係にある他部族との共生(取引)の場として機能したとは考えられません。客人対応として招待するくらいは想定できますが、少なくともそれがメインになることはなかったと思われます。ですから、橋口さんの「まつりは集団を超えた闘争・役割共認の場(32436)」とするのは拡大解釈のように思われます。祭りの運営から生存上の必需品に至るまで、他部族との役割分担は考えられず、祭りの運営も認識創出も当然自前で行い、部族内で継承していった(これが長老の最大の役割であった)と思われます。
 
  List
  この記事は 32436 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_32649
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
縄文から流れる日本人の本源性の中身とは?−6 祭り 「縄文と古代文明を探求しよう!」 09/11/15 PM05
32764 採取時代の創造活動 橋口健一 02/06/05 AM01

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
前夜の意識状況1 答えがないので、課題捨象
前夜の意識状況2 課題を捨象して充足収束=充足基調
前夜の意識状況3 無用となった感応観念(価値観念や規範観念)
観念捨象の実践模索では足りない=観念を必要とする地平
構造認識の現況1 否定意識や自我観念から脱却できない近代人=現代人
構造認識の現況2 特権知識階級の商売道具と化した「構造認識」
構造認識の現況3 既成観念の全的否定
思考次元1 潜在思念の実践思考
思考次元2 否定意識の倒錯思考
思考次元3 本能⇒共認⇒観念の超越思考(構造認識)
全てのネックは「答えを出せない」という一点にある
現代意識潮流と戦略ターゲット
必要意識⇒課題意識には、不全発と可能性発の二通りある!
不全発の『変革の必要』から、実現発の『認識の必要』への大転換
観念パラダイムの逆転1 現実捨象の倒錯観念から、観念捨象の現実直視へ
観念パラダイムの逆転2 現実否定の倒錯思考
観念パラダイムの逆転3 現実とは、人々の意識である
観念パラダイムの逆転5 現実、その下部意識と上部意識
観念パラダイムの逆転6 残る観念は、頭で塗り替えたら終い
観念パラダイムの逆転7 新しい認識だけが、現実を変えてゆく
新パラダイムの点検1 現実の壁を対象化できるか?
新パラダイムの効用1 現実否定の鎖を断ち切って、プラス活力の上昇へ
新パラダイムの点検2 可能性と不全(肯定か否定か)
新パラダイムの点検3 可能性or不全の源を対象化し続ける源泉
社会収束1 評価共認が生み出す同類圧力
社会収束2 私権圧力を超えた外向収束の潮流
新しい潮流8 現実を対象化するための概念装置
『必要か、必要でないか』という真っ当な判断の土俵が出来てゆく
必要か否かの『判断の土俵』が、国家と市場を呑み込み、解体し、再統合してゆく
新しい可能性が顕在化するとは、どういうことか?
新しい『場』は、古い評価指標の洗礼を受けて、はじめて顕在化する
実現の論理
実現論は、易しいけど難しい
行動方針4 まず身近な職場を改革してから、社会をどうするかを提示せよ
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
大衆の期待の変化に応じて統合力も変わってゆく
大衆には、運動を立ち上げる余力が無い→余力を与えられた悪徳エリートが支配する社会
金貸し勢力の弱点と自滅の構造
金貸しと悪徳エリートに止めを刺すのは?

『るいネット』は、48年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp