生物学を切開する
325959 メンデルの法則は本当に正しいのか?(1)
 
冨田彰男 ( 53 兵庫 経営管理 ) 17/04/23 AM00 【印刷用へ
中学・高校の生物で教えられるメンデルの法則。
それは本当に正しいのか?
千島学説を提唱した千島喜久男氏の指摘を紹介します。
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「2013年3月17日(日)「自然との共生塾」講座レジュメ<日曜講座>講師 舟橋慶一」より転載。
www.shizentonokyouseijyuku.com/data_files/view/158

第一部(13:00〜14:30) 生活の中の千島学説・・・千島第6原理(遺伝学の盲点)
1.遺伝と環境
*遺伝か環境か・・・メンデル・モルガン説、ルイセンコ説、千島喜久男説
*遺伝学の現状とは・・・二つの遺伝学の対立論争
*現代の遺伝学は遺伝の仕組みに重点をおき変異の面を軽く考えている
*環境の違いによる変異を一代限りのものとしている
*さらに、この環境による変異を遺伝とは関係のない個体変異として峻別、軽視している
*そして、生まれてからの環境による変異(後天性獲得遺伝)を否定している
*千島喜久男は、この考えを「理論的に矛盾を含み、事実とも一致しない」と論破
*千島は、生物の進化は、永年にわたる代々の遺伝と変異の積み重ねの結果であり・・・さらに
*現代遺伝学では生物の進化は生物の環境への適応の結果の蓄積であることを否定している
*現代遺伝学(生物学、医学、病理学、血液学)は、魔術的用語“突然変異”ですべて処理

2.二つの遺伝学の対立
*「氏より育ち」「馬子にも衣装」「トンビが鷹を生む」・・・環境重視の諺
*「ウリの蔓になすびはならぬ」「蛙の子は蛙」・・・遺伝は遺伝という考え
*この矛盾する考え方を、現代遺伝学はいまだに説明出来ていない
*メンデル・モルガン説・・・いわゆる遺伝を重視する正統派遺伝学といわれる
*ルイセンコ遺伝学・・・環境の変化による変異の遺伝性、獲得性の遺伝を肯定する遺伝学

3.メンデル・モルガン遺伝学の3大法則について
*メンデル・モルガン遺伝学は、メンデルの3大法則から成り立っている
*第一法則・・・優位の法則では
*二つの対立した2種類の形質(たとえばえんどう豆の種が@丸いタネA角ばっているタネ)を掛け合わせて雑種を作る場合、雑種第一代には一方の親の形質だけが生ずる
*雑種第一代をF1と呼び、雑種第二代(孫の代)をF2と呼ぶ

*千島喜久男は、こう述べている・・・
*「エンドウの種子の対立形質として、丸いものと角ばったものを、はっきり区別することは困難」
*「必ず、中間のものも存在するはずだ」「それは、すべては連続的であるからだ・・・だから」
*「エンドウの種子のように、その形で区別しやすい場合には優位の法則が適用できても・・・」
*「一般生物の対立形式は、形式論理の排中律にしたがってYESかNOで割り切れない・・・」
*「いわばメンデルの法則は、例外の法則にすぎない」「たとえば、黒人と白人の雑種F1では・・子供は白人に近い白色のものから黒人に近いものまで様々な差異のある子供が生まれる」
*「オシロイバナの赤花と白花をかけあわせても中間の桃色の花が咲く」
*「このような場合、いわゆる正統遺伝学では例外的中間雑種と呼んでいる」
*「この場合、優性の法則に一致しないので説明がつかない」

*第二法則・・・分離の法則では、雑種のF1同志を掛け合わせると・・・
*雑種第二代(孫の代)では・・・優性3:劣性1の割合に形質が分離するという
*千島喜久男は・・・
*「これも正確にF2で3:1に分離するわけではなく大体の数値を示すに過ぎない」
*「いわゆる正統遺伝学はメンデルの第1、第2の法則に合致しない場合が多いことが分かり・・細胞質遺伝などと呼び、補足因子、条件因子、抑制因子、など各種の遺伝子を仮想して・・・メンデルの法則につじつまを合わせようとして、遺伝学をますます複雑なものにしている」

*第三法則・・・各形質独立の法則では・・・
*遺伝的形質を支配する遺伝因子は染色体上に一列に規則正しく配列されていて各因子は隣の因子の影響を受けることなく、まったく独立した性質を保っている
*そして、お互いに影響し合うことは絶対にないという考え方を譲ることはない
*「遺伝子は核酸(DNA)の微細な粒子と考えられているが、これはどこまでも仮説である」
*「実際に個々の遺伝子を見た人はいない」
 
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